
8月21日(土)晴【韓国訪問記その3 〈出家とその弟子〉】
今日も暑くなりました。昨日は少ししのぎやすかったですが、またぶり返しですね。今年、熱中症で亡くなった人は300人に及んだそうですね。それを考えますと、私事ですが、今年、研究所を辞めまして、家にいますので、つくづくよかったと思っています。母も私もほとんどクーラーを今まで使いませんでしたが、今年はクーラーを上手に使いませんと、この暑さには対応できませんし、時折お茶を飲んだり、水を飲んだり、ジュースを作ったりして、水分の補給につとめませんと、母の体調管理ができなかったと思います。
お陰様で、先日、母も満94歳の誕生日を迎えることができました(韓国式には95歳)。
また、上の写真は、今年韓国訪問の写真ですが、左に写っているのは、母です。行きたいと言うので、思い切って連れていきました。
さて、この写真は金輪寺における朝食の後のティータイムです。師匠である本覺法尼を囲んで(一番奥の真ん中の方)、お弟子さんたちとお茶を飲みます。その日の打ち合わせをしたり、本覺法尼の話を聞いたりします。一日中忙しいですから、この時間は貴重です。
この写真の中には、昨年私が『中外日報』に紹介した方も、剃髪して写っています。一年間しっかりと師匠や先輩に仕込まれています。そして入堂の試験に受かったら、僧堂修行に入ることができます。(僧堂の修行期間は4年です。それから仏教大学に入る人もいますし、坐禅堂に行く人もいますし、布教にたずさわる人もいます。自分でどの道を行くか選ぶことができます。)
今10人のお弟子さんがいます。僧堂で修行中のお弟子さんが三人います。また今まで総務として、お寺の管理に努めてきたお弟子さんは、九月からスリランカに留学します。親を捨ててまで出家した弟子たちの願いは、できるだけ聞いてあげたいというのが、本覺法尼の考えです。
昨年母が特にお世話になった人は、自分の希望で三ヶ月だけ坐禅堂に入っています。韓国では、坐禅堂では一切の用から離れて全く坐禅三昧の修行ができるようになっています。外からの面会もあまり許可されません。
別のお寺で布教につとめているお弟子さんもいますし、前のお寺は、二番目の弟子が住職を継いでいます。
本覺法尼が、両方のお寺の住持をするようなことはなさらないことに感心しました。前のお寺をつくるにも大変な努力があったことを知っていますので、このような潔さもすごいと思います。
本覺法尼は、とにかく自分の弟子となった人々が、出家したことを幸せと思って、仏道修行ができるように心を尽くしているのです。
*『中外日報』の記事(抜粋)
(前略)Kさんは、中学の数学教師をしていたそうですが、お母さんが熱心な仏教信者で、高校時代から、お母さんに出家をすすめられていたのだそうです。でも本人には、まだその意志がありませんでしたので、教師になったのです。
ところが先頃、不思議な夢を見たのだそうです。行く手に灯りの灯った一輪の蓮の花。そちらに導かれるように歩いていくと、その行く手に、また灯りのついた蓮の花が一輪、さらにポッ、ポッと、一輪一輪、道しるべのように、行く手に灯りが灯る蓮の花が現れたのだそうです。Kさんは、夢の中で、不思議な事だと思いながら、その蓮の灯りの後をついて坂道を歩いていきましたところ、やがて「金寺」と書かれたお寺の前に辿り着きました。突き当たりになっていますので、戻ろうと思って道を振り返りましたら、帰り道は無くなり、蓮の花も消えていたのだそうです。(後略)*金寺は前のお寺。
『中外日報』平成21年7月30日掲載「尼僧つれづれの記」より
今日も暑くなりました。昨日は少ししのぎやすかったですが、またぶり返しですね。今年、熱中症で亡くなった人は300人に及んだそうですね。それを考えますと、私事ですが、今年、研究所を辞めまして、家にいますので、つくづくよかったと思っています。母も私もほとんどクーラーを今まで使いませんでしたが、今年はクーラーを上手に使いませんと、この暑さには対応できませんし、時折お茶を飲んだり、水を飲んだり、ジュースを作ったりして、水分の補給につとめませんと、母の体調管理ができなかったと思います。
お陰様で、先日、母も満94歳の誕生日を迎えることができました(韓国式には95歳)。
また、上の写真は、今年韓国訪問の写真ですが、左に写っているのは、母です。行きたいと言うので、思い切って連れていきました。
さて、この写真は金輪寺における朝食の後のティータイムです。師匠である本覺法尼を囲んで(一番奥の真ん中の方)、お弟子さんたちとお茶を飲みます。その日の打ち合わせをしたり、本覺法尼の話を聞いたりします。一日中忙しいですから、この時間は貴重です。
この写真の中には、昨年私が『中外日報』に紹介した方も、剃髪して写っています。一年間しっかりと師匠や先輩に仕込まれています。そして入堂の試験に受かったら、僧堂修行に入ることができます。(僧堂の修行期間は4年です。それから仏教大学に入る人もいますし、坐禅堂に行く人もいますし、布教にたずさわる人もいます。自分でどの道を行くか選ぶことができます。)
今10人のお弟子さんがいます。僧堂で修行中のお弟子さんが三人います。また今まで総務として、お寺の管理に努めてきたお弟子さんは、九月からスリランカに留学します。親を捨ててまで出家した弟子たちの願いは、できるだけ聞いてあげたいというのが、本覺法尼の考えです。
昨年母が特にお世話になった人は、自分の希望で三ヶ月だけ坐禅堂に入っています。韓国では、坐禅堂では一切の用から離れて全く坐禅三昧の修行ができるようになっています。外からの面会もあまり許可されません。
別のお寺で布教につとめているお弟子さんもいますし、前のお寺は、二番目の弟子が住職を継いでいます。
本覺法尼が、両方のお寺の住持をするようなことはなさらないことに感心しました。前のお寺をつくるにも大変な努力があったことを知っていますので、このような潔さもすごいと思います。
本覺法尼は、とにかく自分の弟子となった人々が、出家したことを幸せと思って、仏道修行ができるように心を尽くしているのです。
*『中外日報』の記事(抜粋)
(前略)Kさんは、中学の数学教師をしていたそうですが、お母さんが熱心な仏教信者で、高校時代から、お母さんに出家をすすめられていたのだそうです。でも本人には、まだその意志がありませんでしたので、教師になったのです。
ところが先頃、不思議な夢を見たのだそうです。行く手に灯りの灯った一輪の蓮の花。そちらに導かれるように歩いていくと、その行く手に、また灯りのついた蓮の花が一輪、さらにポッ、ポッと、一輪一輪、道しるべのように、行く手に灯りが灯る蓮の花が現れたのだそうです。Kさんは、夢の中で、不思議な事だと思いながら、その蓮の灯りの後をついて坂道を歩いていきましたところ、やがて「金寺」と書かれたお寺の前に辿り着きました。突き当たりになっていますので、戻ろうと思って道を振り返りましたら、帰り道は無くなり、蓮の花も消えていたのだそうです。(後略)*金寺は前のお寺。
『中外日報』平成21年7月30日掲載「尼僧つれづれの記」より
つい先日も、夫婦二人で不思議な声を聴きました。本堂に誰もいないのに「どっこいしょ」という声があったり、誰かが会話をしている声が聞こえたり、そのような機能はついていないのに車のドアを開けた時にドアの開放を注意する声が聞こえたり。
この時期ですから「アブ」の羽音が人間の声に聞こえたりすることはあります。しかし、それとは全く違う音でした。
施餓鬼の時期には、供養が足りないのか、体のあちらこちらを噛まれる感覚がします。思わず「痛い」と声が出るほどです。
今年は、いつもよりそういった状態が少ない。これは供養の仕方を少し変えたのが原因かもしれません。
不思議なことはたくさんありますが、それに気づかないことのほうが多いのかもしれません。
こういう事を考えますと、せめて四十九日の間は喪に服して静かに時を過ごすことが大事だとつくづく思いますし、それを伝えたいと思います。
人が忙しくうるさく生きるようになって、かそけき気配や、他界の気配を感じられなくなってしまっているのは残念ですね。
それにしても、この蓮の花に導かれた話は、心ひかれる話ですね。この尼僧さんはとても細やかな心遣いのある方です。