mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

アメリカ製憲法が対米追随に結びついているのか

2016-08-18 20:00:51 | 日記
 
 8月15日にアメリカのバイデン副大統領が「日本の憲法は核武装をさせないためにアメリカがつくった」と言明しました。共和党の大統領候補であるトランプはそういうことも知らないのかと非難する演説であったわけですが、日本のマスメディアは、日本会議が喜びそうなことと揶揄するように報道しているのが、気になりました。日本会議は喜ぶでしょうか。
 
 憲法改定がGHQ の押し付けであった事実は、ほぼ確定していると言っていいでしょう。日本政府の煮え切らぬ対応に(連合国軍のGHQへの強烈なプレッシャーもあって)、英文草案を提示し、それをもとに策定させたというのは、日本の高校教科書にも掲載されていることです。占領下で、主権国家の憲法を作成させるというのは、あきらかに不法なことです。じつは、1907年に締結されたハーグ陸戦条約にも、「占領者は絶対的な支障がないかぎり、占領地の現行法規を尊重すること」と規定されています。むろん日本に対しては、ポツダム宣言で「非軍事化(軍国主義要素の排除)、民主化」が筆頭課題でしたから、「絶対的な支障が」あると判断されたことは容易にわかります。では、日本と同じ問題を抱えていたと思われるドイツはどうしたのでしょう。矢部宏冶が次のように書いています。
 
《しかし、やはりドイツは政治指導者や知識人が優れていた。まず占領中はいくら言われても絶対に正式な憲法をつくらず、1949年5月の独立時いかなる(憲法)各州の代表からなる議会代表会議によって基本法(ドイツ共和国基本法)という形で「暫定憲法」を定め、そのなかに、「この基本法は、ドイツ国民が自由な決定により議決した憲法が施行される日に、その効力を失う」という条文を入れています。》
 
《「もし国土の一部でも占領されていたら、その間は絶対に憲法に手を触れてはならない」。これが世界標準の憲法に対する常識なのです。》 
 
 ハーグ陸戦条約には日本も1911年に批准して加入していますから、敗戦時にそのことを知らないわけはありません。ではどうして、ドイツのように毅然と対応しなかったのでしょうか。矢部宏冶が言うように(ドイツの政治指導者や知識人と違って)日本の政治指導者や知識人がアホだったからなのでしょうか。そう言ってしまっては身も蓋もありません。ナチスという政治集団がドイツを乗っ取っていたという認識に立つことによって、ファシズムの現況要素であるナチスは除かれたというのが、いちばん大きかったでしょう。同じ白色人種の国民国家という偏見もなかったとは言えないかもしれません。だが、日本がもし「独立時に憲法を改定する」として、「基本法」を策定して乗り切ろうとしていたら、たとえ軍隊を失くしていたとしても、軍国主義の推進要素である天皇制に手を加えないではいられなかったと考えられます。GHQが直にそのような脅しをしたかどうかは諸説ありますが、GHQの提示を受け容れなければ、天皇を戦犯として処刑し天皇制を廃止するという連合国軍の一般的な方針が採用されることになったと思われます。
 
 日本会議が喜ぶかどうかと言ったのは、それがあるからです。そもそもこの当時(1945~1947年)の日本政府は、天皇制の保持を第一課題としてGHQとの折衝をしています。当時5歳になる私はいわば「刷り込まれる」ように「新憲法」(の精神)を受け止めていたのですが、後で考えてみると、アメリカの押しつけであっても「新憲法」を受け容れたのは、それが私の親世代の「戦争の反省」と考えていたからだと、内心で納得していました。
 
 つまりバイデン副大統領の発言に日本会議の人たちが喜ぶとしたら、彼らは、戦犯として天皇を処刑すること、あるいは天皇制を廃止することと引き換えにしてでも、「押しつけ」を撥ね付けるべきであったと考えるでしょうか。もちろん、占領が終了する独立後に天皇制を復活させてもいいわけですが、もしそういうことをしていたら、たぶん国民感情として復活できたかどうかはわからないと思います。その辺のことをいい加減にして、「押しつけ」だけを非難するのは、ご都合主義的な立論といわばなりません。
 
 では、バイデンの発言にどう対処すればいいでしょうか。彼の言説は、現在の日本がアメリカの属国という認識を表しています。それは「新憲法」誕生の経緯にあるのではなく、占領が終了して独立するときの講和条約の結び方と日米安保条約の施行の形にあります。「日米行政協定」のちの「日米地位協定」と月2回の日米合同委員会での合意事項と、それらを、憲法を含む国内法の上位に位置づける日本の三権機関の法治認識にあるのです。その意味では、バイデンに軽んじられたことの「敗北」をかみしめて、日本の統治体制を改めて見直すことが必要ではないでしょうか。