キャンプ・シュワブから辺野古地区に入った。紺碧の海と空が見える海岸べり、ここで海上基地反対の運動を10年余り続けているテント村を訪ねた。「座り込み4175日」とある。東京から来たという女子学生3人がテント村の人たちと話し込んでいた。「私たちはこのきれいな海を戦場にしたくない。新基地がどれだけ県民の心の負担になるか察してほしい」とテント村のスタッフが訴えていた。
一方で、辺野古周辺で、機械システム工学科や情報通信システム工学科がある国立高専があるの建設、IT企業も誘致されているという。おそらく地域振興策として多額の国のお金が投入されたことは想像に難くない。もちろん政府が勝手に国立高専を設置したわけではなく、高等教育機関の誘致を望む地元の強い要望に応えたものだろう。辺野古地区の人々は、新基地反対と辺野古移設の間で板挟みなっているのではないかと察した。
23日付の琉球新報と沖縄タイムスの記事を読んで気が付いた点がいくつかあった。翁長知事が国連人権理事会で2分間の演説をしたことに関する記事である。知事は、辺野古の新基地建設が進められること関して、「県民の自己決定権や人権がないがしろにされている」と訴えたが、日本政府代表部が「基地問題を人権理事会で取り上げるのははじまない」とクギを刺したのに対し、知事は「基地問題が一番大きな事件問題だ」と反論した。
、 確かに人権理事会では、新たな人権問題を条約化しており、たとえば、「強制失踪からのすべての者の保護に関する国際条約」(強制失踪防止条約)では、日本政府とこれまで、日本人拉致問題を念頭に「国境を越えた拉致」を条約案に盛り込むよう働きかけて、採択されている。こうした条約の中に、知事が訴える「基地は人権問題」という概念を落とし込む条約は見当たらないのではないか。見当たらないとしても、沖縄タイムスが記事にしているように、人権理事会の円形会議場には「同じように助けを求めに来ている人がたくさんいた」ということだ。
続けて、記事にはこのような下りがある。「自民党県連は知事の出発前、『先住民』と名乗らないように要請した。言葉が持つ『未開の』といった謝ったイメージから、県民の間にある抵抗感を代弁している。知事もその言葉を使わなかった」と。「先住民と基地問題」というふうに国際的に理解されては、県民のプライドが許さない。安全保障の圧力の下で、人権がないがしろにされてはならないと、今度どううまく訴えるのか。今回、国連人権理事会でデビューしたものの、微妙なバランスの上に立っているとも言える。
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