自在コラム

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★「魂の酒」が語ったこと

2010年11月18日 | ⇒キャンパス見聞
 金沢大学の共通教育授業として「いしかわ新情報書府学」という科目を担当している。「映像と語りで学ぶ地域学」をテーマに、石川県が情報書府事業で作成したビデオ(自然、文化、工芸、産業、歴史など)を学生に視聴してもらい、その後、関係者から話を聞くことで理解を深めるという授業だ。履修する学生は290人。ただでさえ、暑さを感じる講義室に、きのう17日は熱気が漂った。著書『魂の酒』で知られる、能登杜氏の農口尚彦氏を迎えた日だった。授業が始まる直前に、農口氏が持参した日本酒2本を学生たちの前に並べた。すると、学生たちがザワザワとし始めた。

 授業の冒頭に説明した。日本酒は欧米でちょっとしたブームだ。ワインやブランデー、ウイスキーなどの醸造方法より格段に人手をかけて醸す日本酒を世界が評価しているのだ、と。その後、農口氏を紹介するビデオを流し、「神技」とも評される酒造りの工程を学生に見せた。

 日本酒の原料は米だ。農口氏は、米のうまみを極限まで引き出す技を持っている。それは、米を洗う時間を秒単位で細かく調整することから始まる。米に含まれる水分の違いが、酒造りを左右するからだ。米の品種や産地、状態を調べ、さらには、洗米を行うその日の気温、水温などを総合的に判断し、洗う時間を決める。勘や経験で判断しない。これまで、綿密につけてきたデータをもとにした作業だ。

 酒蔵に住み込む農口氏は、夜中でも米と向き合い、米を噛み締める。持てる五感を集中させて、手触り、香り、味など米の変化を感じ取る。そのため、40代にして歯を失った。次に行うべき適切な仕事とは何かを判断するためだ。農口氏は言う。「自分の都合を米や麹(こうじ)に押し付けてはならない。己を無にして、米と麹が醸しやすいベストな状態をつくらなければ、決して良い酒は出来ない」


 農口氏は謙虚だ。というもの、自身は下戸(酒が飲めない)なので、酒の出来栄えや批評は、飲める人の声に耳を傾ける。それでも、「一生かかっても恐らく、酒造りは分からない。それをつかもうと夢中になってやっているだけです」と能登方言を交えて語った。「魂の酒」のゆえんはここにある。そして、学生の心を打ったのだろう、学生たちの眼差しは農口氏に集中した。

 授業の最後に、農口氏の酒を何人かの学生にテイスティングしてもらった。「芳醇な香り」「ほんのり感が漂う」「よく分からないけど、のどを通るときにふくよかな甘さを感じる」・・・。最近の学生は意外と言葉が豊富だと思った。授業に酒を持ち込むなんて、と言わないでほしい。これも、「生きた授業」なのである。

⇒18日(木)夜・金沢の天気 はれ

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