自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

★Keith Jarrettの調べ

2008年07月12日 | ⇒トピック往来
 「麦屋弥生」という女性とは面識はなかった。6月16日付の朝刊を読んで、「もしやこの人か」と思った。岩手・宮城内陸地震(6月14日発生)で、宮城栗原「駒の湯温泉」で被災し亡くなられた。

 3年前の冬だった。金沢の行きつけのスナックに入ると、珍しくジャズピアノのキース・ジャレット(Keith・Jarrett)のCDがかかっていた。キース・ジャレットは1975年に初めて、当時のPLで「ケルン・コンツェルト」を聴き、すっかりファンになった。鍵盤を回すような軽快な旋律、そして興に乗って発せられるキース・ジャレット自身の呟きが、いかにも即興ライブという感じで、心に響く。

 「このCDはマスターの趣味」と尋ねると、「最近よく店に来てくれる女性がこれかけてと持ってきてくれたもの。元JTBにいて、いま金沢で観光プランナーの仕事をしているとか。なかなかセンスのいい女性でね」とマスター。「同好の士だよ。お話をしてみたいな」と返した。それだけのことだった。CDアルバムのタイトルは「The Melody At Night、With You」。その後もスナックにはたびたび通ったが、キース・ジャレットのCDを持ち込んだ女性とは言葉を交わすチャンスは巡ってこなかった。

 その人は、「観光・交流による地域づくりプランナー」の肩書きを持つ麦屋弥生(むぎや・やよい)さん。日本交通公社に勤め、その後独立して温泉観光地の再生や自治体の観光振興計画の策定に携わった。2004年4月から、金沢市を拠点に「観光・交流による地域づくり」のフリープランナーとして活躍した。

 先日、そのスナックに久しぶりに足を運んだ。マスターと3年前のことを話し、そのCDをかけてもらった。故人が好きだったという曲を改めて聴くと、静かな夜想曲(ノクターン)のような曲だった。面識はなかったが、彼女はどれだけキース・ジャレットに癒されたことだろうと想像した。聴き入っているマスターのメガネの奥には涙がにじんでいるのが見えた。麦屋弥生、享年48歳。

⇒12日(土)夜・金沢の天気  はれ

 

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