自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

☆コメとTPPの考察

2013年10月08日 | ⇒ランダム書評
 「作るプロは売るプロでもなければならない」。単純だが、含蓄のある言葉だ。近正宏光著『コメの嘘と真実~新規就農者が見た、とんでもない世界!~』(角川SSC新書)はある意味で痛快だ。しがらみが一切ないのである。

 東京の不動産会社の社員(著者)が社長命令で、生まれ故郷の新潟でコメ生産を中心とした食糧事業部門を立ち上げる予定だったが、困難が待ち受ける。農地法に阻まれ個人負担で農業生産法人「越後ファーム」をつくり新規就農を始める。さらにそこから見えた農の世界。消費者のことなど一考もしない、「保護漬け」になり向上心を失った、コメの生産の場だった。農地法、農業委員会、村社会(兼業農家)など、コメを「ダメにした」存在と出会い面食らう。そこから著者が立ち上がる。機械化・大型化が条件の「集約型の米作農業」が不可能な中山間地=里山であえて耕作し、機械化・大型化とは真逆の「手作業農業」を選択するのである。

 現行のJAS法には規定がない高品質な有機技術を確立するとともに、様々な手間をかけたコメである強みを高付加価値化に転化する戦略を実践し、「コメの嗜好品化」を実現していく。それが東京の日本橋三越本店地階に出店するに至る。さらに、高付加価値米を生産する篤農家と組んだ「田んぼネットワーク」のコメを一堂に集めたショップも始める。

 著者のTPPに関する考えが読む者をはっとさせる。結論はこうだ。TPPに参加しようが、参加しまいが、日本の米作農業は既に破綻している、と。農地法や減反、戸別所得保障制度など様々なコメ農家への保護が行われているが、農家の平均年齢はサラリーマンが完全リタイヤする年齢である「65歳」を超えている。担い手はなく、大半の農家が兼業化した小規模農家である。耕作放棄地は増すばかりで、コメ一本で収入を安定させる農家は「絶滅危惧」の状態。つまり、既存のコメにまつわる保護農政を続けても「専業農家」は絶滅して行くことは誰の目にも明らか。とすれば、コメを広く市場開放し、農家も保護農業から脱却し、より切磋琢磨の努力をし、生産力と営業力を付け、付加価値を持つ農業人として自由競争すべき時期に来ていると主張するのである。

 結論を言えば、日本の米作農業を守るには、米作農家自らが強くなる以外に策はない、とうことだろう。国益を理由に世論を二分する「TPP問題」だが、もちろん、医療制度や貿易収支など広範囲であり、通商の専門家でない農業人(著者)が、TPP全体の是非論を語ることはできないにしろ、農家と保護行政の不都合な真実を突いている。これがコメづくりの正体だ、と。

 先日(10月6日)に台湾・東華大学社会貢献センターの教員たちが、金沢大学の能登での人材養成の取り組みについて視察に訪れた。その折、ブランド米について、新潟・佐渡のトキを育む水田のコメが2㌔1300円(精米)もしていると話した。すると、台湾の人たちは「それは台湾のデパートでは安い方だ。日本のコメを帰国にするときに買って帰る人が多い」という。日本のコメはすでに秋葉原で買う家電製品並みなのだ。著者の意図を、台湾の人たちの言葉が補ったような気がした。

⇒8日(朝)金沢の天気   くもり

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