自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

☆2012ミサ・ソレニムス~4

2012年12月27日 | ⇒ランダム書評
 「トカゲのしっぽ切り」という言葉がある。権力者が部下に責任をとらせ、わが身や組織を守ろうとするような行為を指すときに使う。ただ、トカゲの切れたしっぽは、しばらくするとまた生えてくる。切断された部分の近くの神経細胞や皮膚細胞がつくり出すタンパク質が、しっぽを生み出す未分化細胞である芽細胞を刺激し、その形成が促進されるのではないかといわれる。ひょっとしたら傷んだ人間の体も再生できるかもしれない…。

   iPS細胞の競争は、再生医療への「勝者なきマラソン」

 ことし夢と希望と感動を与えてくれた一番の出来事は何かと問われれば、それは、iPS細胞(人工多能性幹細胞)の作製に成功した山中伸弥教授(京都大学)がノーベル医学生理学賞を受賞したこと、と答えたい。先般、朝日新聞科学医療部から本をいただいた。山中教授のiPS細胞開発の経緯や医療応用への課題などをまとめた『iPS細胞大革命 ノーベル賞山中伸弥教授は世界をどう変えるか』(朝日新聞出版)=写真=。その中には、壮大な研究に挑む山中氏の言葉が詰まっている。

 人間にもたった一つだけ、どんな細胞にもなる細胞がある。受精卵だ。1個の受精卵が2個、4個、8個と増殖しながら、骨や皮、筋肉といったいろいろな種類に姿を変えることは、中学時代の生物の授業でも習った。その逆、つまり骨や皮、筋肉が再び受精卵のような何にでもなれる細胞に戻ることはないといわれてきたが、その常識を覆したのが、今回、山中教授と一緒にノーベル賞を受賞したイギリスのジョン・ガードン博士だった。ガートン氏は、オタマジャクシの腸の細胞をカエルの卵に入れ、再びオタマジャクシを生ませた。50年前のことだ。

 卵の中に細胞をまっさらな状態に、つまり未分化の細胞に戻す遺伝子があるのではないか、それを突き止める研究が山中教授の仕事だった。それまで「万能細胞」の主役だったES細胞は、受精卵が分裂して胚の段階になったとき、内部から細胞を取り出して培養することから、受精卵を壊してつくる必要があり、受精卵を生命とみる倫理的、あるいは宗教的な問題がつきまとっていた。そこで、患者自身の体の細胞からES細胞と同じような万能細胞をつくれば、胚を壊さずに済み、もともとは自分の細胞なので拒否反応も起きない。それには、細胞をハードディスクでするように初期化して、肺やES細胞のような状態に戻すことだった。これは「非常識なほど困難な目標」(本著)だった。アメリカから帰国後に挫折していた山中氏は「いったん研究者をやめかけたんだから、やけくそで思いっきり難しいことをやってやろうと思って、これをビジョンにした」(同)という。奈良先端大学での研究はこうして始まった(1999年)。

 本著を編集した朝日新聞科学医療部は2001年ごろから山中氏に注目していた。そのころからの山中氏の言葉が掲載されている。「私たちの研究は生命現象の心理を覆っているベールを一枚一枚はがして行くようなもの―」(2001年6月・朝日新聞奈良県版コラム)、「このiPS細胞の競争は明らかにマラソンです。柔道ではありません。勝ち負け、アメリカだけ勝った、日本だけ勝った、そういうのはありません。アメリカも頑張る、日本も頑張る、それはいいことなんです。なぜかというと、両方頑張って競争すれば早く臨床応用できるんですね。患者さんにとって1日、1日は長いです。僕は学生によく言うんですが、『おまえらにとって1日は寝ていたら済むかもしらないけど、患者さんにとって1日はもう永遠なんだ』」(2008年3月・朝日賞受賞記念講演)

 ノーベル賞の受賞を受けた記者会見(2012年10月8日)。「授賞の意味について、私もできるだけ自分の言葉でお話ししたいと思っていますが、そのあとはすみやかに研究の現場に戻る。来週から研究に専念し、論文も早くださないと、学生さんも待っておりますので、それが私の仕事、それがこの賞の意味でもある」

 そして、本著では山中氏が「iPS細胞はまだ1人の患者の役にも立っていない」と語ることがあるのだ、という。言葉に響く強い使命感、鋭い研究者目線がiPS細胞の未来可能性を照らしている。

⇒28日(金)朝・金沢の天気  くもり

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