自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

☆備忘録・japan=漆器

2010年12月29日 | ⇒キャンパス見聞
  地域の自然や文化、歴史を学ぶ「いしかわ新情報書府学」という科目を金沢大学で担当している。石川県が「石川新情報書府」という事業でDVDを制作した。輪島塗や山中漆器、九谷焼、加賀友禅に代表される伝統工芸、能楽や邦楽、舞踊といった伝統芸能など世界に誇れる文化資産をデジタル情報化したものだ。石川新情報書府のネーミングは、江戸時代の儒学者である新井白石が「加賀は天下の書府なり」と蔵書の多さや、多彩な芸能文化を評価したことにちなむ。そのDVDを学生たちに視聴してもらい、続いて関係者に講義をしてもらうという授業内容だ。

 先日(12月8日、15日)、輪島塗についての講義を大向稔氏(大向高洲堂社長)からいただいた。「和食という文化の特徴は、食器を持つことなんです」。漆器と言うのは持つことを前提にその手触り、器としてのカタチの丸みが計算されている。さらに、手から落ちることを前提に器のエッジ(縁)が欠けないような、堅さの工夫がされている。たとえば、輪島塗は椀の縁を「布着せ」といって、布を被せて漆を塗ることで、落下の衝撃で欠けないようにしてある。話の一つ一つに人の知恵と言うものが感じられる。伝統知、あるいは文化とはこうした知恵と工夫の結晶なのだろうと今さらながら感じ入る。「日本人はちょっとでも欠けた器を極端に嫌うでしょう。そんな器は危ない、唇や手が切れる、と本能的に判断しているのです」

 授業では、学生たちに、一つ70万円の器(煮物椀)を実際に手にしてもらった=写真=。学生たちは恐る恐る。金蒔(まき)絵で伝統の図柄(花鳥風月)をあしらったいかにも高価という器である。そこで大向氏は学生に「器に爪を立ててごらん」と。学生からはエエッと驚きの声が。試した学生の爪は器では滑るだけだ。それもそのはず。鉛筆の硬さで表した「鉛筆硬度」でいえば、爪は2Hぐらい。漆器は堅いもので30Hにも。学生が手にした器は15Hぐらいという。漆は年代を重ねればそれだけ堅くなる性質がある。丸木舟が出土したことで知られる福井県若狭町の鳥浜貝塚遺跡からは、縄文前期(6000-5000年前)ごろの朱色の漆(うるし)が塗られた祭祀用の櫛(くし)が出土している。大向氏はその実物の写真を学生に見せた。朱の色は何千年を経ても鮮明である。堅さも。漆が持つ特性は計り知れない。それを器に活用した人の知恵の見事さではある。それを縄文人が証明してくれている。

 「では、いつごろから輪島塗なのか」と授業の締めに入った。2007年にブランド総合研究所(東京)が発表した地域ブランド産品によると、非食品分野でブランドものと想起されるものに「輪島塗」が1位、有田焼が2位という順位がついた。1805年に輪島で「大黒講」という組織がつくられた。このときに、製造方法の基準、価格の統一、販売エリアの割り振りなどが決められた。販売エリアは北海道の松前から琉球まで101に分割された。それを105軒の塗師屋(製造と販売)が担当した。いわゆる品質保証、競争による価格下落の防止などの製造と販売のル-ルが確立された。200年以上も前に今でいうマーケティング戦略が練られ、輪島塗のブランド化を確立した。同時に、曹洞宗の修行僧が総持寺(輪島市門前町)に集まり、全国の末寺に散ったことも、葬儀の膳に輪島塗を使うことの普及になつがった、という。

 いま輪島塗の技術は器のほか、家具や美術といった異業種への転用が盛んだ。コンサートホールでの音響効果や、カメラのボディにも使われている。時空を超えて語られるjapan=漆器の世界に興味は尽きなかった。

⇒29日(水)朝・金沢の天気  ゆき

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