自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

☆検証報告「確認されず」で済むのか

2020年08月02日 | ⇒メディア時評

   フジテレビの番組『テラスハウス』に出演していた女子プロレスラーがことし5月23日に自死した問題で、フジテレビは7月31日付で検証報告を公式ホームページで掲載している。それによると、調査は社内の関係部門を横断する メンバーによる内部調査で、一部に弁護士も加わった。聞き取り調査の対象者は番組のプロデューサー、ディレクター、制作現場のスタッフ、出演者、女子プロレスラーの所属事務所の関係者ら27人におよんだ。

   問題となった38話は、同居人の男性が女子プロレスラーが大切にしていたコスチュームを勝手に洗って乾燥機に入れたとして怒鳴り、男性の帽子をはたく場面だ。この場面のいきさつについて検証報告では以下のように記載されている。「一部の報道等では、制作側が木村花さんに対して、プロレスのヒール(悪役)のキャラクターを演じるよう指示しており、木村花さんのSNSを炎上させる意図があったと伝えられています。しかし、制作側からそのようなキャラクター設定を求めるような指示をしたことは確認されませんでした」。いわゆる「やらせ」はなかったとしている。

   むしろ、この検証報告で注目したのは、SNSでの炎上と自傷行為を制作側はどのようにとらえていたのか、という点だ。以下報告を要約する。動画配信サービス「Netflix」で38 話が配信された3月31 日は、SNSコメントは2万2421件を記録した。それまで番組へのコメントは配信後1日で6千から8千だったので38話の場合は異常に多かった。さらに、ネガティブなコメントの割合は配信直後の1時間は40%だった。この日、女子プロレスラーは自傷行為に及び、それをSNSに書き込んだ。番組スタッフがこのことをSNSで知り、本人と連絡して無事であることを確認している。

   この時点で5月18日の地上波の放送が決まっていた。本来ならば、SNS炎上の第2波を防ぐために問題の一部シーンをカットするなどの配慮があってもよかったのではないだろうか。そうした救済措置もないまま予定通り放送される。「5月18日に地上波で38話が放送された際にも、同じスタッフが木村花さんと連絡をしており、SNSにネガティブなコメントがあるとの話を聞きましたが、この場のやり取りでは、猫を飼い始めたなどの話を聞いており、木村花さんが元気で、深刻に悩んでいる様子は無いものと認識しました。」(検証報告)。その5日後に自死にいたる。

   問題シーンのカットもせずそのまま地上波で放送したのは、番組スタッフとすれば「ネット配信で事前に視聴者の話題を煽り、本命の地上波放送で視聴率を上げる」という狙いがあったのではないかと勘繰らざるを得ない。これに関して以下の説明がある。

   「制作スタッフが出演者のSNSを炎上させる意図を持つ要素があるかについても調査しましたが、そのようなことは確認されませんでした。例えば、視聴率および配信数を向上させることを目的とし得るかどうかについても確認しましたが、出演者のSNSの状況と地上波放送の視聴率 、フジテレビが行うインターネット配信の視聴数の間には、過去のエピソードを含む一連のデータを検証しても、何ら相関が見いだされず、そのような動機を持つことはないと考えます。また地上波放送については、放送時間帯が深夜0時以降であり、視聴率の主要な評価基準の一つである全日時間帯(6時から24時)に含まれておりません 」(同)

   検証報告では契約書についても触れている。「出演者および所属事務所と、上記『同意書兼誓約書』を締結しておりますが、これは一般に出演契約と言われるものであり、労働契約ではないとのことでした。損害賠償に関する規定についても、契約違反しただけでなく、それによって番組の放送、配信が中止された場合について定めたものです。これは、現実的には、出演者による犯罪が起きるなどの重大な事態しか想定され得ず、制作側としては、そのような事が起きないようにするための抑止力として捉えていました」

   この文面を読んでふと思った。以下憶測である。本人は5月18日の地上波放送を中止してほしかったに違いない。それを番組スタッフ、あるいは所属事務所の関係者に頼み込んだ。しかし、「番組の放送を中止した場合、損害賠償が請求される」と聞かされ、諦めざるを得なかった。そして放送後、SNSにネガティブコメントが届き、自らをさらに追い詰めることになった。

   遺族はBPO(放送倫理・番組向上機構)の放送人権委員会に人権侵害の審査を申し立てている(7月15日付・共同通信Web版)。フジテレビ側とすると、審査入りの決定を前に、検証報告を公表しておきたかったのだろう。BPOの審査が決定し、審議が始まれば、おそらく真っ先にフジテレビ側が問われるのは、なぜ内部調査だったのか、第三者委員会を設置して客観的視点から調査を行うべきではなかったか、と。

(※写真はイギリスのBBCニュースWeb版が報じた女子プロレスラーの死=5月23日付)

⇒2日(日)午後・金沢の天気     はれ


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ★道のべの木槿は馬にくはれけり | トップ | ★言葉の死語化のプロセスを読む »

コメントを投稿

⇒メディア時評」カテゴリの最新記事