自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

☆輪島朝市通りの焼け跡に咲くスイセンの可憐な花

2024年04月06日 | ⇒ドキュメント回廊

  きのう奥能登2市(輪島、珠洲)の震災地をめぐった。最初に地震と火災の複合災害に見舞われた輪島の朝市通りを歩いた。3ヵ月経っても変わらぬ無情な光景に切なさを感じた。焼け跡を見ると。黄色い花のスイセンが咲いていた=写真=。不思議でならなかった。かつての商店街の焼け跡でどのようにして花を咲かせたのか。花鉢ではなく、盛り上がった土に咲いていたので、この商店には中庭があったのだろうかと想像した。黄色のスイセンの花言葉は「私のもとに帰ってきて」。焼け跡のスイセンはそう訴えているのかと想像を膨らませた。

  石川県がまとめた避難所の開設状況(今月5日現在)によると、市町が設置した1次避難所には146ヵ所・3597人が身を寄せている。県が開設した1.5次避難所(スポーツセンター)には80人、県が手配した2次避難所(金沢市などのホテルや旅館など)は167ヵ所・2671人となっている。2月1日現在の状況は、1次避難所は285ヵ所・8232人、1.5次避難所は3ヵ所・288人、2次避難所は217ヵ所・4944人だったので、2ヵ月でそれぞれ半数に減っている。

  では、減った分の人たちは自宅に戻ったのか。そうではないようだ。被害がとくに大きく出た奥能登4市町(輪島市、珠洲市、穴水町、能登町)の今年1月から3月の転出超過は計1582人に上り、前年同期比の3.8倍になった(今月3日付・読売新聞Web版)。奥能登の人口はこの10年で2割以上減っていて、過疎化が問題となっている。そこに拍車をかけるように震災が起きた。能登をあきらめ、金沢市やその周辺に住所を移す家族などが増えているのだ。

  住まいと生業(なりわい)が確保できなければ、特に子育て世代を中心に流出は止まらないだろう。きのう珠洲市の被災地で感じたことは断水状態が危機的ということだった。水道管の漏水などで、市全域の約4000戸でいまでも断水が続いている。同市は5638世帯(3月末現在)なので単純計算で7割の世帯で水道が使えない状態が続いていることになる。そして、上水道がこの現実ならば下水道管の損傷も相当なものと憶測した。人口が戻らなければ生業も成り立たなくなる。

  人々が戻りたくなる能登を、人々を呼び戻す能登をどのように構築していくのか。冒頭に述べた黄色のスイセンの花言葉はギリシア神話に由来しているという。農業の女神デメテルの娘ペルセポネが冥界の王プルトンに連れ去られた。このとき、ペルセポネが落とした白いスイセンが黄色く色づいた。デメテルは黄色いスイセンを愛で、「私のもとに帰ってきて」と深い悲しみを込めた。母なる能登の大地から多くの人々を連れ去った地震。また耕しに戻って来てと能登の大地が叫んでいる。スイセンの花言葉からそんなことをイメージした。

⇒6日(土)夜・金沢の天気    くもり

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