自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

☆『里山復権』~中~

2010年10月05日 | ⇒トピック往来

 単行本『里山復権~能登からの発信~』(創森社)は、生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)の開催をめがけて出版された。そこには、条約事務局長アハメド・ジョグラフ氏と能登半島の関わりがあった。

      ジョグラフ条約事務局長が見た能登の里山里海

  2008年5月、ドイツのボンで開催された生物多様性条約第9回締約国会議のハイレベル会議でのことだ。この会議では、「日本の里山里海における生物多様性」をテーマに、生物多様性条約事務長のジョグラフ氏や国連大学高等研究所(UNU-IAS)のA.H.ザクリ所長(当時)のほか、環境省の審議官、石川県と愛知県の知事、名古屋市長らが顔をそろえ、生物多様性を保全するモデルとして里山について言及した。120席余りの会場は人であふれた。COP9全体とすると、遺伝子組み換え技術や、バイオ燃料が生物多様性に及ぼす負の影響を最低限に抑え込むことなどが争点だったが、<SATOYAMA>が国際会議の場で、新しいキーワードとして浮上した感があった。これは、次回COP10の開催国が日本に固まっていたことや、先立って開催されたG8環境大臣会合(神戸)で採択された「生物多様性のための行動の呼びかけ」で、日本が「里山(Satoyama)イニシアティブ」という概念を国際公約として掲げたというタイミングもあった。

  このハイレベル会議でのジョグラフ事務局長の言葉が印象的だった。「人に魚の取り方を教えると取りすぎてしまう。けれども、里山(SATOYAMA)という概念はそれとはまったく異なる」と述べて、人と自然が共存する里山を守ることが、科学への偏った崇拝で失われつつある伝統を尊重する心や、文化的、精神的な価値を守ることにつながると強調した。そのジョグラフ氏が能登半島を訪れたのは、COP9から4ヵ月後の2008年9月のことだった。金沢大学、石川県、能登の自治体が連携して開催した里山里海国際交流フォーラム「能登エコ・スタジアム2008」の催しの一環で開催した1泊2日の里山里海の現地見学にジョグラフ氏の参加が実現したのである。

  輪島の千枚田やキノコの山をスタッフが案内し、人々の生業(なりわい)や里山里海を保全する取り組みについて見聞きし、また、金沢大学が取り組む「能登里山マイスター」養成プログラムにも耳を傾けていただいた。そして、子供たちの環境教育のためにつくられたビオトープ(休耕田を活用)では、自らカメラを構えて撮影した=写真=。翌日は、早朝1時間半も一人で海岸を散策されたという。日程の最後に訪れた「にほんの里100選」の輪島市町野町金蔵(かなくら)地区では、ため池を使った田んぼづくりの見学や、民家を訪ねて人々の暮らしぶりを目の当たりにして、次のようなコメントを得た。

  「(条約事務局がある)モントリオールで日本の里山里海について勉強してきたが、実際に里山里海を訪問し、本物に触れることができとても勉強になった。里山里海は、生き物と農業、そして人の輪が調和して成り立ち、そこには人の努力があることを実感した。生物多様性については、生き物を保護するだけではうまくいかず、人の暮らしと結びついた取り組みが必要であるが、里山里海はまさにそのモデルとなるものであり、このことを世界に向けて発信してほしい」

 このコメントから分かるように、ジョグラフ氏にとって、能登は日本の里山里海をつぶさに見てまわる初めてのチャンスにだったに違いない。

  ジョグラフ氏が能登を訪れた意味合いは大きく2つあったと考えられる。1つは、そこで見た里山里海は「生き物と農業、そして人の輪が調和して成り立つ」一つの社会モデルであった。それは何のモデルかというと、名古屋市で開催される生物多様性条約第10回締約国会議で論議されることになる、「生物多様性の持続可能な利用」のモデルである。平たく言えば、環境保全と人間の社会経済活動(農業や漁業など)の両立を、どのように進めていけばよいのかというイメージをこの能登の視察からつかんだのではなかろうか。

  2つ目は、ジョグラフ氏が「そこには人の努力があることを実感した」と述べたように、キノコ山を手入れする人々や、休耕田をビオトープとして学校教育に生かす教師たち、村内に5つある仏教寺院を長らく守ってきた金蔵地区(人口は160人余り)の人々の姿ではなかったか。金蔵では、「自然と人、農業、文化、宗教が共生していることに感動した」ともジョグラフ氏は述べている。里山里海に生きる人々のモチベーションの高さを見て取ったに違いない。COP9のハイレベル会議でジョグラフ氏が強調した、失われつつある伝統を尊重する心や、文化的、精神的な価値を守る人々の姿を実際に能登で見たのである。

  生物多様性条約事務局長として、COP10を取り仕切ることになるジョグラフ氏はこの能登視察で里山(SATOYAMA)の有り様、そして里山と里海とのつながりを心に深く刻んだに違い。その後、ジョグラフ氏はコウノトリ野生復帰計画を支援する兵庫県豊岡市における農業と環境の取り組みについても視察(2010年3月)するなど、日本各地の里山里海に関心を寄せている。

 ⇒5日(火)夜・金沢の天気  くもり

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