自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

★『里山復権』~上~

2010年10月04日 | ⇒トピック往来

 今月中旬から名古屋市で開催される生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)に向けて、一冊の本が出版された。金沢大学「里山里海プロジェクト」の研究代表、中村浩二教授・学長補佐と農業経済学者の嘉田良平教授(総合地球環境学研究所)ら編者となり、複数の研究者らが執筆した単行本『里山復権~能登から発信~』(創森社)である。私も執筆に携わった。本文を少々引用しながら、内容を紹介したい。

     ささやかな夢に計り知れない社会的価値       

  能登半島の先端・珠洲市に「里山里海自然学校」という看板が掲げられて4年あまり、里山里海という言葉がようやく地域内に定着しつつある。当初、里山里海といっても、地域の人々には何を意味するのか、さっぱり理解されなかった。しかし今では、その意味と大切さが地域住民の間にかなり浸透して、広く理解されるようになっているという。おそらくその背景には、「能登里山マイスター」養成プログラムによって、次世代を担う人材が地域の農林漁業の現場に配置され、また常駐研究員たちが地元の人々と共に日常的に汗を流してきたことがあると思われる。

  ところで、能登里山マイスターの三期生と四期生45人の中には、県外からのIターン、Jターン、Uターンの受講生が計13人もいる。能登での人生設計の夢を抱いてやってきた人たちばかりだ。特にIターンやJターンの場合、都会での生活に終止符を打って能登に移住してくるので、その期待度は大きい。もちろん、夢の実現は決して簡単ではなく、現実にはさまざまな壁があるにちがいない。受講生たちの夢がはたして能登で叶えることが可能なのかどうか、実は大問題なのである。

  能登に移住してきた受講生たちの夢は、おしなべて実にささやかである。しかし、その夢を実現したいという熱意は大きく、その取り組み姿勢は受け入れ側を真剣にさせ、地域によい刺激を与える。埼玉県から輪島市の山間部に移住してきた女性は、集落に宿泊施設がないので、自らが住む空き家だった家を「ゲスト・ハウス」として衣替えした。すると、農村調査の学生や棚田の保全ボランティアにやってくる都市住民や一般客が口コミでやってくるようになった。地域社会へのインパクトはすこぶる大きいのだ。

  サカキビジネスを展開する金沢の男性は、農家の耕作放棄地にサカキを植えて栽培し、金沢に出荷する。サカキは摘みやすく、高齢者でも比較的楽な作業である。これはしかも地域資源の有効利用であり、過疎・高齢化で進む耕作放棄地と、お年寄りの労働力に目をつけたビジネスである。地域の実情やニーズにあった、「コミュニティ・ビジネス」といえる。一見、ささやかな夢、小さな事業ではあるが、そこには計り知れない社会的価値が存在するように思われる。

  「よそ者」である彼らには、むしろ客観的に地域の実態や課題がよく見えるらしい。それを自分の夢と合致させながら、自己実現を図ろうとしているのである。もちろん、里山プログラムでは担任スタッフが受講生の相談に応じ、ときには地域連携コーディネーターを交えてアイデアを具体的に提案して試行錯誤が始まる。

  こうしたオーダーメイド型の対応によって、ささやかな夢、小さな事業の第1歩が踏み出されるのであるが、それは地域社会にとっても少なからぬ刺激と勇気が与えられる。『里山復権~能登からの発信~』はこのような事例が詰まっている。

 ⇒4日(月)夜・金沢の天気  はれ

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