自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

★続・金沢-フィレンツェ壁画物語

2007年11月25日 | ⇒キャンパス見聞

 金沢大学で復元されたのはイタリア・フィレンツェのサンタ・クローチェ教会大礼拝堂の壁画「聖十字架物語」の一部だ。もとのサンタ・クローチェ教会の壁画修復作業は金沢大学と国立フィレンツェ修復研究所、そして同教会の日伊共同プロジェクトとして進行している。金沢大学が国際貢献の一つとして位置づけるこのプロジェクトだ。昨年1月、プロジェクトの進みを報告するため、大学側の責任者として指揮を執る宮下孝晴・教育学部教授(イタリア美術史)をフィレンツェに訪ねた。

                  ◇

  壁画「聖十字架物語」の修復現場=写真・上=は足場に覆われていた。鉄パイプで組まれた足場は高さ26㍍、ざっと9階建てのビル並みの高さである。天井から吊られた十字架像、窓にはめられたステンドグラスなどの貴重な美術品や文化財はそのままにして足場の建設が進んだのだから、慎重さを極めた作業だったことは想像に難くない。平面状に組んだ足場ではなく、立方体に組んであり、打ち合わせ用のオフィス空間や照明設備や電気配線、上下水道もある。下水施設は洗浄のため薬品を含んだ水を貯水場に保存するためだ。それに人と機材を運搬するエレベーターもある。

  「さあ、歩いて階段を上りましょう」。現場に同行してくれた修復研究所壁画部長のクリスティーナ・ダンティさんがそう言って階段を上り始めた。エレベーターによる振動は壁画の亀裂や剥(はく)落の原因にもなりかねないので、測定機材などを運ぶ以外は極力使わないようにしているのだという。

  足場の最上階に上がると大礼拝堂の天井に手が届くほどの距離に達する。「壁画に触れないように気をつけて」とダンティさんは念を押す。宮下教授は「足場が出来る前までは下から双眼鏡で眺めていたのですが、足場に上がって直に見ると予想以上に傷みが激しく愕(がく)然としましたよ」と話す。ステンドグラス窓の一部が壊れ、そこから侵入した雨水とハトの糞で傷んだところや、亀裂やひび割れが目立つ=写真・下=。また、専門家の目では、70年ほど前の修復で廉価な顔料が施され変色が進んだところや、水分や湿気が地下の塩分を吸い上げ壁画面に吹き出した部分もある。

  修復研究所では、プロパンガスのファンヒーターを足場の床面に約2分間均等に照射し、間接的に壁画面の温度を上昇させた後に壁面から放射される遠赤外線量の違いを赤外線カメラで画像化するというサーマルビジョン(サーモグラフィ)調査を行っている。これだとまるでレントゲン撮影のように、壁画の奥深いところまでの状態を観察することができる。一方で、4人の修復士たちが「目による画面の状況確認」も行いながら、剥落や剥離がひどいところには応急処置として、傷口にバンドエイドを貼るように、小さく切った紙を慎重に貼って進行を防いでいる。専門家の目と検査器械による診断は人間ドックならぬ、「壁画ドック」とでもたとえようか。

  サンタ・クローチェ教会財産管理部の部長、カルラ・ボナンニさんは「この壁画はスケールが大きすぎて、修復のチャンスがなかなか回ってこなかったのですが、ようやく緒につき感謝しています」と金沢大学の協力を高く評価している。足場の工事看板にはアカンサスの葉を図案化した金沢大学の校章が真ん中に記されている。

 (※文は金沢大学地域貢献情報誌「地域とともに」(2006vol.4)に寄稿したものを再構成した)

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