6月13日は指揮者、岩城宏之さんの一周忌である。岩城さんのことは昨年の訃報以来、「自在コラム」で何度か書かせいただいた。
最近、岩城さんが指揮したベートーベンの交響曲3番「エロイカ(英雄)」を聴いている。2005年12月31日にベートーベンの1番から9番までを演奏したチクルス(連続演奏)をCS放送「スカイ・A」が生放送したものを私的録音で時折、視聴している。番組の合間に岩城さんが曲を解説するコーナーがある。「ベートーベンはナポレオンの革命的行為を礼賛して、この曲をつくった。しかし、ナポレオンが皇帝になって、いやけがさして曲名を差し替えた」のがエロイカだと。当初の曲名は「ボナバルト」だったといわれる。
ベートーベンは体制のイノベーター(改革者)としてのナポレオンに共感していた。共和制の守護者だったナポレオンが打ち出した政策は、キリスト教に対するアンチテーゼでもある「万人の法の前の平等」「国家の世俗性」「信教の自由」「経済活動の自由」などの近代的な価値観を取り入れた画期的なものだった。ベートーベン自らも師匠のハイドンに教えを請いつつも、独自色を交響曲に取り入れた。3番で音楽史上初めて、シンフォニーのホルンを3本にし、5番でトロンボーンを(最終章)。そしてついに9番に声楽を取り入れる。当時は「禁じ手」だった。音楽史上のイノベーターだった。
ナポレオンの思想は自ら皇帝になり、1804年の「フランス民法典」、いわゆるナポレオン法典で結実していくのだが、皇帝という権力者になったことに、ベートーベンはナポレオンの野心を見透かしてしまう。そして上記のように改題してしまうのである。ベートーベン、34歳。
番組では岩城さんはこのように解説をしながら1番から9番を指揮していく。私は当時、経済産業省「コンテンツ配信の実証事業」のコーディネータ-としてかかわった関係で、東京芸術劇場大ホールで演奏を見守っていた。演奏を放送と同時にインターネットで配信していた。解説は収録だったが、演奏はライブである。岩城さんのすさまじいエネルギーは舞台裏でも伝わってきた。
番組では指揮者を顔を映し出している。ディレクターは朝日放送の菊池正和氏。その菊地氏の手による、1番から9番のカメラ割り(カット)数は2000にも及ぶ。3番では、ホルンの指の動きからデゾルブして、指揮者・岩城さんの顔へとシフトしていくカットは感動的である。ベートーベンの3番におけるイノベーションがホルンであることを熟知していて、ホルンをここで聴かせる意味を存分に見せている。味わい深い番組なのである。
1番から9番までを指揮者した感想を岩城さんは別の番組でこう述べている。「ベートーベンの1番から9番は個別ではそれぞれ完結しているんだけれど、連続して指揮してみると巨大な1曲なんだよ」(北陸朝日放送「岩城宏之 人生振るマラソン」2006年6月23日放送)。こんな壮大なスケール感のある番組は、「次の岩城さん」を待たなければつくれない。
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