「山眠る」という言葉がある。季節が冬に移ろい、枯れ枯れとして精彩を失った山の様はまるで眠りこけたような静寂、との意味だろう。人の眠りは「死」と同意語だ。先日、人生の大先輩、Y・Sさんの訃報を受けた。
前職のテレビ局時代、2年間にわたりY・Sさんから薫陶を受けた。酒は嗜まなかったが、部下の宴席によく顔を出し面倒見のよい人だった。ゴルフの腕前は全盛期のころはシングルの実力と他の人から聞いた。クラシックに造詣が深く、骨董もかなりの目利きと推察した。若いころ在阪のテレビ局の営業マンとして鳴らし、日清食品のカップヌードルをテレビCMという側面からメジャーに押し上げたアイデアマンだった。もはや「世界の日清」なので本来なら営業マン冥利に尽きる話である。その自慢話の一つもしたくなるだろうが、それを語ることはなく、ゴルフの腕前と同様に他の人から伝説の数々を聞いた。
Y・Sさんから私が直接教えられた言葉が今でも忘れられない。「理は利に勝る」だ。山一証券や日本長期銀行の破綻が表面化した1990年代後半、テレビCMの売上は伸びず、ローカル局の営業マンは悪戦苦闘していた。薬事法などの法律に抵触しそうなものは論外として、公序良俗の面ではどうかと思われる物件がスポンサーから持ち込まれることもあった。その度にY・Sさんは「理に合わん」とそれらのCMの放送を却下した。テレビ局の収入部門を統括する立場にあったので、売上数字は喉から手が出るくらい欲しかったはずだ。しかし、「利を優先させたら、理が立たない。理が立たなければ会社も人も立たない」と譲らなかった。
その後、他のテレビ局ではCMの間引きなどCMにまつわる事件が相次ぎ発覚する。コンプライアンス(法令遵守)という概念を今では各テレビ局が競うように取り入れるようになった。一般常識で考えておかしいと思うことを企業はしてはならないというは当たり前のことなのだが、利益を追求する企業の中でその当たり前が時として通用しにくい場合もある。それを全部飲み込んでY・Sさんは一途を通した。
役員定年後に関西に戻り、ゴルフを存分に楽しんだようだ。ヤフーでそのお名前を検索すると、自宅近くのゴルフ場の運営委員にその名があった。享年69歳。
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