考えるということは、自分との対話である。意外にも、自分とのつきあいは、充分でないことに気付く。真剣にものごとを考える機会は、その簡単には、もてないのかもしれない。
自分から、目をそらしてきたのではないか。しっかりとむきあって、しかも、等身大の自分をとらえることができるかどうかは、大事なことである。
思うほど、オオモノではなかったり、それほど卑屈になることはない、こともあるのではないだろうか。自己評価というのは、他者からみると、「タカメ」らしく、そうであるから、他者とつきあっていけてる面があるらしい。
自分を低くみていると、憂鬱になりかねないから、タカメにみる仕組みになっているのだろう。これは、自己評価が低くて、それを他者が引き上げてくれた、なんてことは、かなり僥倖だということになる。
自信をもって、自己を売り込むには、それなりの納得がいる。自己評価できる内容を自らのものとし、実行しうる人生に対する態度ができれば、無理な虚勢をはることも必要ない。
自分は自分として、それなりに力を出していけばいいのである。いいカッコをしようなんて、思う必要はないのである。のびのびと、素直に生きていけばいいのである。
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