どんな悪いことも、100%ではない、「人間万事塞翁が馬」という言葉もある。いいことの裏に悪い面もあり、悪い事柄の裏にもいいことがある、そんな気でみるとコロナ騒ぎにもいろいろありそうだ。
悪いところはいうまでもないが、良い面があるとすればなんだろうか。いろんな人がいろんなことを言う。当方、とにかく暇なものだから、テレビを見る。
いろんなことが見えてくる。主張や対策のこと、経済のこと、本当に困った体験もなく、想像もできない連中の存在、論理が通っているかいないか、破綻していても、容易に変えようとはしない頑迷な権力、実は無能力な権力構造、構成者たち、評論家の役割、マスコミの本質。
あますところなく、真実の姿をみせてくれている。検査をすれば医療崩壊を招く、の主張は、一見まともな感じであるが、実は検査能力がないなかで、苦肉の言い訳のようだった。作戦のような顔をしてのインチキ。
当然ながら、疑わしい人はすべて検査をして、陽性者は即入院ではなく、感染者を隔離すべきだったのが、すべて入院というような硬直したルールをなかなか変えることができず、検査をしていないために、無防備な医療資源をムザムザと浪費してしまった。
発熱外来を作って、院内感染を防ぐべきだという識者の提言が、報道で流れているのに、政府の「指導部」は頑迷に動かない。信じられない不作為のためにはたせるかな、院内感染があちこちで勃発している。
クラスターを第一線でつぶしていく活動をしながら、北海道大学の教授がシュミレーション計算をして、8割の自粛を訴えたのだが、政権は、極力7割・・・などと、繰り返し言ったりする。
件の教授は7割などと言ってはいない、と報道でも否定しているにも関わらず、安倍首相は知ってか知らずか、自粛の割合に、頑迷に、7割の文言を入れてくる。知らないとすれば、大問題だし、知っていて、8割はきついから7割などと、わざわざ言うのは罪深い。
結局、国民の暮らしに本当に目を向けているのは誰かということである。この苦境をどうやって切り抜けていくのか、誰が真剣に考えているかどうかが、明らかになってきていることが明白になってきたことではないだろうか。
国民が「賢くなる材料」がふんだんに見られることこそが、もっとも「良いこと」だと思う。世の中、良くしていこうぜ。