デラシネ日誌

私の本業の仕事ぶりと、日々感じたことをデイリーで紹介します。
毎日に近いかたちで更新をしていくつもりです。

ソウル秋の旅3-イ・ジュンソプ展2

2016-10-31 06:15:16 | 
第一コーナーは若い時に描いた絵から戦後戦乱から逃れ家族そろってひっそりと生きていた済州島での絵画、さらには朝鮮動乱の兵士を描いた画や、ポストカードなどが並んでいる。その他に彼の書いたエッセイや彼について書かれた評などが載っている雑誌なども展示されている。さまざまなタッチの絵がある。風景画、人物画、スケッチ、故郷の絵、家族でひっそりと貧しく過ごしていた済州島の海辺の絵、なにかの流派には括ることのできないあふれるような創造のひらめき、描くことへの情熱、くねるような線でなんとか描こうとする愛のかたち、兵隊さんを描くときの冷めた視線、この画家がさまざまな可能性をもっていたことがよくわかる。それは描きたいという情熱、描こうとするものへの限りない愛、それをかたちにしたいと筆をもったときに一心不乱に紙に立ち向かうその思いが、びんびん伝わってくる。「俺は描きたいんだ、描くんだ」という情熱のほとばしりが迫ってくる。
このコーナーのメインとなっていたのは済州島での彼の創作活動を紹介するところ。彼が家族3人と一緒に住んでいた家がどんな狭いところだったかを、実際の間取りを再現してくれる。そして映像でその住まいを見せてくれる。自分がとても印象に残ったのは、朝鮮戦争の兵士を描いたスケッチだった。彼のそれまでのタッチはまったくちがう現実への冷めた目線がある。それとやはりポストカード。わずか1年未満のなかで描き続けるハガキ、そこには妻への愛を語りかける日本語と挿絵が一体となっている。執拗に彼が描き続ける家族への愛のかたちがはっきりとここで確立されているような気がする。
第二コーナーは、戦争と戦後の混乱のなか画用紙もカンパスも手に入れることができなかった彼が、タバコの包装紙となる銀紙に、刻み込んだ絵が並ぶ。ちょっと肉眼では見ることができないようなそのスケッチに描かれているのはすべて家族、子どもと妻たちである。同じテーマでいくつも版画や絵も残っているのだが、この銀紙に刻まれた家族の絵は、とにかく細かくこれでもこれでもかと描きこんでいる。肉眼ではわからないくらい細かい描写をこれでもかこれでもかと、刻み込んでくる。それでなくてもわかりにくいのに、なんでこんな絵に描くよりももっとたくさんの、そして細かく刻み込もうとするのだろう。その思いがせつなく伝わってくる。これはひとつの執念ともいえるものではないか。2階にあがっての第三コーナーのメイン妻や子どもたちにあてたレター絵と牛の絵。レター絵にはこれだけ混み合っているのに、かぶりつくようにそこに書かれている日本語を読みはじめていると、ずっと立ち尽くし読まざるを得なくなる。自分の家族への愛をどう伝えようと必死になっているその言葉が胸に響いてくる。生一杯と書く彼の思いが伝わってくる。文面を読んでいると何度かこみあげてくるものがあった。やさしい挿絵ばかりだ。家族を描くとき、その深くせつない思いがみんなを絡み合わせながら結んでいっているのではないか。今回の展覧会のまさに核となっているコーナーであった。そして力強い牛の絵も並ぶ。そしてこのシリーズに最後には葉山の展示会でも展示されていたあの「旅立つ家族」があった。どん底にいた時代に描かれたものとは思えない力強く、未来をしっかりとみつめた絵である。
最後のコーナーは晩年の彼の絵が並ぶ。彼が精神を病んでいたことに描いた「帰らざる河」シリーズが目を引く。なんとも物憂げで窓から見ているのはおそらくは自分で、彼が見ていたものは故郷の村だったのではないか。あれだけ力強く未来を見つめた「家族」を描いた彼がみた絶望の深さがわかるような気がする。
文化座の芝居でも描かれていたソウルで開催された展覧会の様子も写真で紹介されている。そして彼の作品集なども展示される中、自分も見た映画「「ふたつの祖国、ひとつの愛-イ・ジュンソプの妻」の奥さんのインタビューのシーンが流されていた。妻の話だとこの映画はいまソウルで上映中とのこと。
およそ2時間近くじっくりと見ることができた。イ・ジュンソプという画家の軌跡をこれだけたくさんの絵を通じてたどることができた。もしかしたらまだ彼の絵はもっとあるのではない。それでもやはりソウルまで来てこれだけたくさんの絵を見れたことでかなり気持ちは火照っていた。美術館を出ると雨がまだ降っていた。この火照りをすこしさましてくれるようなやさしい雨だった。

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