デラシネ日誌

私の本業の仕事ぶりと、日々感じたことをデイリーで紹介します。
毎日に近いかたちで更新をしていくつもりです。

ポリープ切除

2019-01-31 10:12:12 | デラシネ日誌
このところ一か月ぐらいいい値だった血圧が今日は高くなっている。仙台にいっている間計っていなかったのだが、なにが原因なのだろう。もしかしたら今日鼻のポリープの手術があるからな・・・
まずはブラジルご一行の手配。ファックスで今日の予定案を本間さん宛てに送る。13時にFM石巻のスタジオに入ったことを確認。
早稲田の授業のレポートが届いたので、病院に行く途中読み始める。今年は25件のレポート。さあっと読んだが駄作がない、みんななにかしら関連書を読んだり、作品を見たりしている。これはじっくり読まないといけない。ただ残念だったのはあれだけ授業の時に宣伝したシルクールの劇評がなかったこと、見てなかったのかな。これは学生さんたちには見てもらいたかった。
15時病院着。1時間ほど待たされたあと、ポリープ切除の手術。手術自体は簡単なものだった、でもやはり初めて鼻のなかにメスを入れたのでちょっとびびった。取られたポリープを見て、その大きさに驚く。あんなでかいのが鼻のなかにあったのかとびっくり。これがどうもいくつもあるらしく、今回はあくまでも暫定的な処置で、完治させるためには入院して全身麻酔による手術が必要とのこと。しばらく薬で様子を見て、これ以上ポリープがでなければそれでよし、また出るようであれば本格的な手術をしなければならないということだ。近くの医者への紹介状や画像CDなどをもらうために18時過ぎまで病院に。
帰りの電車でレポートを熟読。今回はどれもなかなかの力作、毎回の楽しみは自分が知らないような作品をとりあげられることなのだが、今年もあった。これはぜひ見ないといけない。採点にあたってもう一回読むことにしよう。
夕食あと、DM便送付の準備をしていると23時すぎ、なんか疲れた一日だったな・・・

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ブラジル旋風

2019-01-30 23:11:37 | デラシネ日誌
8時前に電話。ブラジルから里帰り中のご婦人からの電話。昨日10時半野蒜に迎えに行くとメールを入れていたのだが、読んでなかったみたいでもう松島にいるという。松島あたりでピックアップすると話していたのでそれで行動していたみたいだ。野蒜に行ってもらう。迎えにいく人に連絡、なんとか早めにピックアップしてもらうことになった。
これで少し落ち着き、散歩しながら10時市役所へ。一番気になっていたのは住吉神社こと大島神社。なんと解体作業が始まっていた。ショック!あとで教育委員会の人に聞くと違う場所に移転改築するとのこと。
10時市役所で取材。朝飯を食べてなかったので大王でミソタンメンを食べてから、萬画館へ。ブラジルとの交流企画を話したらとても興味をもってもらった。帰ったら企画書をつくることになる。その足で本間さんの招きショップへ。本間さんはお出かけ中。奥さんに明日ブラジル一行の面倒をお願いする。途中かわいい子猫たちを見かける。日和山経由で歩いて石巻駅へ。日和山から見る景色も毎回変っている。今回は中瀬にはっきりとハリスト教会が見えることかな。ブラジル一行の動向が気にはなるがそのまま仙台行きの電車に乗り込む。途中メールでまだ松島にいることを知る。
やまびこで一路東京へ。妻から面白いと言われた韓国のドラマのDVDを見る。確かに面白い。夕方東京着。自宅に戻って本間さんに電話、明日の段取りを連絡、宿泊先のめぐろの若旦那に明日車で本間さんのところまで送ってもらうようにお願い。そのあとブラジルから来た女性に電話。明日の段取りをお知らせする。
夕食はチャミスルの晩酌付。チェルノブイリの立ち入り禁止地区を取材した番組には驚いた。何十年も前の事故なのにいまだに尋常ではない放射能が村を覆っている。福島の事故から8年経ち、原発再開を求める声がずいぶん高くなっている。どうかしている。何の反省もない、恐ろしいメンタリティーである。

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冷たい風

2019-01-29 18:19:03 | デラシネ日誌
目が覚めて外を見ると、やはりうっすらと雪が積もっている。ウォーキングは無理。朝飯をつくる。おふくろはずいぶん良くなったが、おやじの調子がよくないようだ、食欲がない。後片付けをしたあと買い物。道路が凍結していてかなり滑る。
やっとブラジルから来ている日本人のかたと連絡がつく。明日から石巻に入るので、漂流民の会員さんにお願いして東松島と石巻を案内してもらうようになっている。その手配がこれで進めることができる。だいたいのプランを立ててみる。
ラーメンとうどんをつくって昼飯。弟が明後日から来るのであとはまかせる。まだまだ年老いたふたりとの付き合いかたがなってない、と反省しながら家をでる。
朝からくらべれば雪がずいぶん溶けていた。石巻に向かう。
初めて泊まる立町のホテルにチェックイン。連載を一回分書いて方言にしてもらうように谷川さんに送る。
6時半近くの飲み屋で知人と一杯。ここの鯨刺身は絶品だった。久しぶりに酔っぱらった。


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NHK付近をうろうろと

2019-01-28 08:36:44 | デラシネ日誌
七北田川まで往復4キロを歩く。雪は溶けて歩くのに問題はなし。9時前に家を出て、FM仙台で収録。近くのカフェで仙台のパフォーマンスと久しぶりに会い、思いついたプランについて打診。出来たら面白いと思うのだが。このあと新聞記者と久しぶりにあって、NHKのレストランでランチ。このあと三越のヤマト屋さんをのぞく。広告で見てずっと気になっていた「旅と冒険の人類史」という本を手にとって見る。ほぼ1万円、高いが欲しくなる本、一度図書館でじっくり読んでみるか。
近くのヤマト屋書店の仙台本社を訪ね社長さんにご挨拶。とても興味深い話が聞けた。4時半NHK入り。杉尾さんとお目にかかるのは久しぶり。軽く打ち合わせというよりはマイクチェックもかねてスタジオで若宮丸の話、「我にナジェージダあり』を皆さん手にしてのお話、読んでいただいたようだ。5時半から本番。途中くしゃみがでそうになったのと腹がぐーぐーなり始めたのにはまいった。思わずでた我ながらの名言。若宮丸を支えたものはという質問に対して「運命を受け入れ、その運命を乗り越えようとしたことではないか」と答えた。
6時番組終了、定禅寺通りの喫茶店で知り合いのアナウンサーと軽く打ち合わせをして地下鉄とバスを使って帰宅。今日は休肝日。サッカーのイラン戦を見る。解説の山本君がさかんにペルシャの人はというのが可笑しかった。アラブ人とは違ってペルシャ人は身体がしっかりしているからというのを聞いて、古代中国にやってきた胡人とよばれた芸人たちのことを思い出す。イランのゴールキーパーの顔は、中国に残る胡人を描いた絵の中の人と同じ、特徴はあの鼻。
1時就寝。また夜は雪の予報が出ているのだが。降らないで欲しいな。

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牡蠣に惹かれて

2019-01-26 12:05:49 | デラシネ日誌
3時くらいに目が覚めて恐る恐る外を見たら、予報通り深々と雪が降っていた。結構積もるかもしれない、
6時半に起きて朝飯の支度をして、ゴミをだし、朝飯を食べて、タクシーで岩切に向かう。今回の雪はさらさらした感じ。5センチぐらいの積雪かな。でもやんだのでこれ以上はつもらず、解ける一方だろう。岩切からいったん仙台に出て、さらに高城町で30分ほど待って野蒜へ。まずは観音寺に向かい供養祈祷に参加、ここで今回の「若宮丸漂流民物語を聞く会」の主催をした皆さんにご挨拶。
会場の自然館は満員の盛況。前の席に先日出戻りでまた会員になっていただいた人がご夫妻で来られていたので、いろいろ話しをする。奥さんには会報の特集号「東日本大震災」で津波と遭遇したときのことを書いてもらった。門脇で家は流され、2年ほど前に東松島に引っ越ししてきたという。話のはしはしにやっと生活が落ち着いてきた感じがにじみ出る。なんとなく嬉しくなる。縄文館の菅原館長の太十郎のジャケットの繊維分析に関する報告は観客の皆さんを驚かせた。この分析をもとに先に進まないと。自分の講演は太十郎と儀兵衛についてを小説を書くうえでどう描いたかを中心に、こうした歴史の遺産を今後の東松島の観光に生かして欲しいと投げかけた。講演後教育長と観光協会の会長さんがとても参考になったと言ってくれた、もちろんお世辞だろうがこういう場で言えたことは良かったと思う。
そのあと休憩をはさみメインの小出さんの語りの口演。受けていたが自分にはメリハリがないよう感じた。講演で太十郎の自殺説について自分の見解を言いだしたのはまずかったかも。小出さんをやりづらくさせたかもしれない。
講演を聞きに来てくれた、漂流民の会の女性会員と野蒜築港ファンクラブの代表から美味しい牡蠣があるという誘いに乗る。主催者の皆さんに挨拶をして、代表の自宅に向かう。途中きれいな夕日を見る。
牡蠣フライ、牡蠣天ぷらにチン牡蠣と美味すぎる牡蠣のお陰で3人でワインほぼ4本あける。旦那さんを亡くし喪失感にずっと苛まれていた彼女も一杯酒を飲んで元気がでてきたようなのはうれしい。いい調子でのんで時間が経つのを忘れてしまった。隣の人の車で送ってもらい東名の駅へ。無人駅のここで20分ほど待って仙石線で仙台へ。市内の雪はほぼ解けていた。泉中央からタクシーで帰宅。23時半ぐらいに到着。家のまわりの雪もほぼない、誰かがはいてくれたのだろう、ありがたい。

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