デラシネ日誌

私の本業の仕事ぶりと、日々感じたことをデイリーで紹介します。
毎日に近いかたちで更新をしていくつもりです。

江戸にラクダがやって来た 日本人と異国・自国の形象

2022-10-03 17:43:50 | 買った本・読んだ本
書名 「江戸にラクダがやって来た 日本人と異国・自国の形象」
著者  川添裕   出版社 岩波書店   出版年 2022

徳川吉宗の時代に象がやってきて、日本中が大騒ぎになった話は、本にもなっているし、小説になってもいるし、最後に象が飼われていたところにはその案内板もあるくらい有名だが、本書でとりあげられている文政4年に長崎に到着、その後10年以上にわたって日本中を見世物興行してまわったつがいのラクダのことはほとんど知られていないのではないだろうか。このラクダの旅と興行を、江戸見世物研究の第一人者が、まさに満を持して、書き下ろしたのが本書である。長崎で興行者の手に渡ったのち、江戸まで旅するなかで、大坂、京都と各地を興行、たくさんの人が押し寄せる。コロナ時代に読むとはっとするのだが、このラクダが日本を旅していたときは、疫病が広まっていたときにもあたり、疫病にさも効果があるような見せ方をしていたのには、思わずうなってしまう。本書はこうしたラクダの興行の旅を丹念に追いかけるなか、10年以上のこの興行があたっていた、それも空前のヒットであったことを明らかにする。こうしたことを実証できるのは、長年見世物研究をやってきた著者ならではのことである。さらに著者は、ラクダの旅が、興行だけでなく、さまざまな分野に大きな波及力をもっていたことを、巧みな資料蒐集と分析で、江戸の知識人たちのラクダへの学問的アプローチを明らかにしてくれる。圧巻は「駱駝之図」の図像、口上文を分析しながら、駱駝の民俗学、博物学のものへと広げ、まさに江戸の駱駝学ともいえるような世界を披露してくれることである。
そしてこれも著者の得意な分野である落語とつなげ、落語の大作「らくだ」でこの論考を締めくくるのは見事であった。
この他にもいままでの調査してきた舶来動物と見世物や、幕末から明治にかけて自らジャパンを演じることで、海外で活躍していた軽業師たち、いままでほとんど紹介されていなかったジャポニズムをビジネスにしていたチェコのホロウハや、サムライ商会などの活動、さらには著者が暮らす地元横浜の開国当時の遊廓神風楼についての論考を通じて、日本人の異国・自国の形象認識を明らかにしている。
知的興奮をかきたてられた刺激的な一冊である。


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ロシア・インテリゲンツィアの誕生

2022-10-03 17:43:28 | 買った本・読んだ本
書名 「ロシア・インテリゲンツィアの誕生」
著者  バーリン 桑野隆編  出版社 岩波書店(岩波文庫)  出版年 2022

露文科を卒業しているので、ここでとりあげられているゲルツェンやベリンスキイー、トゥルゲーネフなどについてはロシア思想史などの授業でなぞるようには教わってきた。ただ西欧派、スラブ派の対立ということなかでとりあげられてきた以上のことはまったく知らない。正直言って思想は苦手だ。この本もしばらくは積んどく状態にあったが、読みたくなったのは、やはりロシアのウクライナ侵攻が大きい。侵攻する側のロシアの知識人たちが、プーチンが反対する声を完全にシャットアウトする、いわゆるフェイク法によって沈黙を強いられているなか、この事態をどう乗り越えられるのか、そんな時に積んであったこの本を手にすることになった。1848年を出発点として本書は、ベリンスキー、ゲルツェン、バクーニン、トゥルゲーネフらが、この年はっきりしたヨーロッパでの革命の失敗をどうとらえ、ロシアをどのようにしようとしていたかについてバーリンが論じた6編が収められている。思想書を読むことに慣れていない者にとっては、読みやすいとはいえなかったが、いまのロシアの現状と照らしあわせていくと、重なり合っていく部分をいくつも見いだすことができた。
バーリンは1848年当時のロシアについて「当時の民主主義者にとって、まさにわれわれの時代におけるファシストや他の全体主義的な諸国のようなものであった。すなわち、自由と啓蒙に対する大敵であり、暗黒と冷酷と抑圧の貯蔵庫であり、大勢のスパイと密告者たちの奉仕する不吉な権力であった」と書くが、それは2022年のロシアの現実でもある。こんな時代だからこそ知識人はどう立ち向かうべきなのか、そうしたものを本書から求めようとすることはあながち外れたことではないと思う。そしてバーリンが圧倒的に共感をしめす、ゲルツェンの言葉、考え方の中に、この恐ろしい閉塞情況から脱するヒントが隠されているかもしれないと、読んでしまった。これはもしかしたらバーリンの論旨からは大きく逸脱するような読み方なのかもしれない。彼は絶望的な情況にあるロシアの中に「正義と幸福の支配が少数者のためでなく多数者のために、・・・ロシアにおいて確立される可能性を信じていた」、その可能性を信じ、自らがロシアという大地から離れていながらも、呼びかけていた。ただ大事なことは、その大義のために現在を犠牲することは絶対にあってはならない、いまの現実を受けとめること、それも大事なことだと、繰り返す。このゲルツェンの理想主義のようなもの、これをいまこそ大事にしたい、そう読んだのだが、それは都合のいい読み方だっただろうか?このゲルツェンをはじめ、ベリンスキー、トゥルゲーネフがあの時代に論じ、書いたことは、自分たちを「自らを人生に対する特定の態度、いわば福音の普及に専念している献身的な集団、世俗的な聖職者身分と解していた」ためである。そうしたロシア・インテリゲンツィアの精神を、いまウクライナ侵攻という現実の中で、ロシア知識人がどう受け継ぐのか、それが問われているのかもしれない。
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現代ロシア演劇 ソ連邦崩壊からパンデミックとウクライナ侵攻まで

2022-10-03 17:42:53 | 買った本・読んだ本
書名 「現代ロシア演劇 ソ連邦崩壊からパンデミックとウクライナ侵攻まで」
著者 岩田貴   出版社 水声社   出版年 2022

演劇大国ロシア、大変動の30年と帯にあるように、ソ連崩壊からウクライナ侵攻の現在までの演劇界の動きをなぞるのではなく、えぐるように描ききった、実にアクチュアリティをもった一冊となっている。演劇を真正面にとりあげることで、ウクライナ侵攻に至るプーチン体制を支えてきた文化政策を浮き彫りにし、侵攻を支えるプーチンが拠り所にしようとしているイデオロギーを露にすることに成功している。
ソ連崩壊とともに本来であれば、国家に依存せず自由に演劇をつくれるはずだったが、国家の援助を受けることで、自由を得るどころか、実質上の検閲をうけることで、かなり重い足かせをつけられたままた創作活動を続けざるを得なかった、そのそもそもの出発点が、演劇が国家の文化政策に従属しなければならなくなった現在を定めたともいえる。
先日の桑野塾での八木君人氏の報告でも触れられていたが、検閲の延長線のなかで、国家が完全に文化を掌握するためのひとつの指針となったのは2014年12月に明らかにされた「国の文化政策の基本原則」である。本書でもこの政策について詳細に解説されているが、この指針によって芸術は国家に従属するものとして位置づけられる。
「芸術家、権力、社会は、共通の価値に従って一致して行動するようにしなければないない」と規定され、さらには「もし国家が自国の文化を育てず、創り出されなければ、どこか他国を育て、創り出すことになるだろ。そうなれば結局他国の軍隊を抱えているのと変わらないことになってしまう」と、国の文化政策がロシア連邦の国家安全保障戦略の不可分な一部と認められてしまうのである。
こうした足かせをかけられ、検閲が強化され、国の意に反する演出家たちが追放されるというなかで、演劇がただ沈黙を守っていたのではなく、さまざまな世代の演出家たちが、反抗する姿を、著者は実際に上演された舞台を丹念に検証しながら、巧みに再現する。本書の魅力はこうした実際に演じられた芝居をひとつずつわかりやすく、紹介していることにある。実際に見ることはできないが、丁寧に再現することによって、メイエルホリドたちの精神を引き継ぐ演劇人の屈しない姿か浮き彫りにされている。しばらくロシア演劇も見ることもなくなったが、著者が紹介するなかに、見たいと思った芝居がたくさんあった。何度もとりあげられている演出家セレブレンコフが「現代性をいかに表現すべきか考えないわけにはいかない」といま彼らが面している現代と現実、ロシア市民たちの現実を舞台でどう表現するかという問題にしっかりと対峙しながら芝居をつくっている姿勢が見えてくる。
コロナというもうひとつの問題に面して、日本だけでなく世界の演劇がかなり追い詰められた状態にあったとき、本書で紹介されているロシアの演劇は、コロナがつくりだした状況を生かしながら、柔軟に対応し、いいものを創り出していたことを知るなかで、ロシア演劇がウクライナ侵攻といういままでにないとんでもない厳しい情況のなかで、どう立ち向かっていくのか、しばらく目が離せない。

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受容と信仰

2022-09-13 17:30:51 | 買った本・読んだ本
書名 「受容と信仰 仙台藩士のハリストス正教と自由民権」
著者 千葉茂 出版社 金港堂 出版年 2021

かねてから何故仙台藩士がいち早くロシア正教を受け入れ、しかも何故ロシア正教の教会が宮城県内、特に北上川沿いに多いのか気になっていた。さらには五日市憲法草案をつくった宮城県出身の千葉卓三郎がロシア正教徒だった、自由民権とロシア正教は関係あるのか、それも気になっていた。こうした問題に真っ正面にとりあげたのがこの本だ。隠れキリシタンから、戊辰戦争での仙台藩がとった立場、ゴシケーヴィチ初代函館領事の来日、箱館戦争での敗北、そのあと多くの仙台藩士がニコライ主教と出会い、洗礼を受け、宮城県内に広まり、さらにはハリストス教徒たちが中心となる自由民権運動の広がり、千葉卓三郎の五日市での活動などの歴史を丁寧に追い、ハリストス正教の歴史、教義まで踏み込みながら、なぜ受容されていったのかという問題に迫った力作である。かなりざっくりとなってしまうが、ひとつは隠れキリシタンがいた場所に、ハリストス正教の教会ができているところに、すでに受容する素地があったこと、そして戊辰戦争の中、仙台藩がとった立場が正義に殉じたもので、薩長の新政権のその正義を踏みにじるような行為に反旗を翻したが、それが敗北するなかで、正義という支えを失った最前線で闘った藩士たちが、ハリストス正教の教えのなかに、光を見出していったことに、その理由があったということになる。そして自由民権運動の基盤をつくることになるのは、人間の本来の幸福と国の安泰を実現する理念を説いたハリストス正教の教えだったということも探り出していった。自由民権運動の拠点となる結社の主張が、ハリストス正教の機関誌の中で論じられていたことに基づいていることを掘り起こしているは、なかなか説得力がある。
ひとつ気になったのは、自由民権運動で大きな役割を演じることになる但木良次(戊辰戦争で責任ちらされ切腹させられた土佐成行は叔父にあたり、その切腹の場にも居合わせた)にしても、千葉卓三郎にしても、バリバリのハリストス正教徒ではないということだ。但木は布教に大きな役割を果たしているが、洗礼は受けていない、千葉も入信してから、いろいろ宗派を変えている。確かに自由民権運動に大きな役割を果たしているとはいえるが、さらに突っ込んだ研究が必要となるだろう。最初は仙台藩士が受容するなかで、布教がひろがるのだが、北上川沿岸にハリストス正教が広がるのは、こうした侍たちの精神性とは別のものがあったのではないだろうか。つまり平民たちがこれを受け入れた背景である。これを著者は隠れキリシタンと繋げていくが、これだけではないだろう。石巻を例にすると、平民でも受容していったのは、裕福な人たちが多いようだ。こうした地域での受容の実態をもう少し郷土史家と共同で調査していくことも必要なのではないかとも思った。
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マチゲキ神楽本

2022-09-07 18:53:08 | 買った本・読んだ本
書名 「マチゲキ神楽本」
企画・制作 財団法人仙台市民文化事業団 出版年 2004

このマチゲキ神楽を仕掛けた八巻寿文さんが「石巻学」7号に寄稿してもらった原稿を読んで、この本がとても読みたくなった。そんなことをメールのやりとりしているなかで、つぶやいたら仙台でお会いしたとき、いただいてしまった。おそらく大事に保管していた一冊だったのだと思う。読みたかったのは八巻さんが神楽を演劇フェスティバルとしてとりあげようと奔走するなか、いろいろ反対の声もあり、理論武装のつもりでインタビューを試みたという山折哲雄さんの記事だったのだが、この一冊を手にして、ページをめくるうちに、いかにとんでもなく、素晴らしいことを仙台でやってくれたんだということに感動してしまった。
よくもこれだけの神楽を集め、街中でやったものだと思う。10団体の神楽を街中の公園のステージでやるだけでなく、なかなか見れないという夜神楽までやっていたのである。劇都を謳っていた仙台の演劇フェスティバルとして、中央から劇団を呼ぶのではなく、県内の神楽を集めて見せようというこの気概が、この一冊にもこめられている。山折さんのインタビューだけでなく、内藤正敏の写真、さらにカグラミノートという舞台づくりや見るポイントなどをまとめたもの、そして宮城県内の神楽団体の一覧など、この本を持ってマチゲキ神楽を見てまわったらどれだけ楽しいかと思う。
このイベントは一回限りでなく、このあとも八巻さんが市の他の施設と共催ということで、毎年10月に神楽大会が行われていたというが、コロナのために一時中断しているという。この中断がそのままなし崩しにならないことを祈っている。
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