デラシネ日誌

私の本業の仕事ぶりと、日々感じたことをデイリーで紹介します。
毎日に近いかたちで更新をしていくつもりです。

6月最後の日

2014-06-30 13:18:26 | お仕事日誌
今日で6月も終わりである。早く目が覚めたので今日はたっぷりと10キロ以上走る。あじさいもそろそろ終わりかな。
10時出社。打ち合わせをしたあと、秋の資料つくり。ひとつは査証申請用なのだが、結構きていないものがある。
今回の旅でお世話になった人たちにメールでお礼。今回知り合った人たちのメルアドを登録。
来週土曜日にある桑野塾の案内をいままでの参加者に流す。
コルテオで働いていたアーティストから彼がモスクワでつくった作品「ビソツキー」の映像リンクがおくられてくる。
奥さんは一昨年リトルで働いていたエアリアルをやっていた子。ビソツキーの音楽で華麗なアクロバットが・・・
査証申請用の書類をつくっていかないといけないのだが、ないものをまとめて表にしてメールで送る。
18時過ぎに退社。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

若い力

2014-06-29 13:53:26 | お休み日記
天気予報通り、窓を開けるとしとしと雨。今日は走って行きたいところがあったのだが、あきらめる。
シャワーを浴びたあと、昨日買ってきたパンで朝食。コーヒーを入れ2日間のメモをまとめる。ロビーだけは無線が使えるのでメールの返事をしておく。チェックアウトの10時ぎりぎりまでいて、雨の中まず駅に向かう。コインロッカーに重たいリックを入れ、少し身が軽くなる。今日は北上閘門から北上運河沿いを歩こうと思っていた。雨は降っているが、約束は午後からなので、決行する。昨日本間さんのところで地図を見て北上閘門の場所はチェックしておいた。歩いて40分ほどで北上閘門に着く。川向こうにある専修大学からアナウンスがばんばん聞こえてくる。どうもマラソン大会か駅伝大会をやっているようだ。さて北上閘門立派なものである。ここから北上運河がスタートすることになる。いずれやってみたいと思っている北上川源流を求める旅の足ごなしということで、運河沿いをずっとたどってみようと思い立った。この北上運河は野蒜築港のためにつくられたもの。もちろん一日では無理なので、とりあえずは何回かかけてこの北上運河を走破し、そのあとは貞山運河を歩いてみようかと思っている。今日がその歴史的な(?)スタートとなる日でもある。雨も降り、駅での応対にテンションはかなり下がっていたのだが、こうした旅のはじまりとなるとなんとなくワクワクしてくるし、運河歩きというアイディアも悪くないなと勝手に自画自賛しているうちにだんだん楽しくなってくる。しかも当てにしていなかったのだが、道が整備されている。運河の流れは静かでなにか淀んでいるように見える。どのくらい歩いたのだろう。大街道の国道にかかる橋のところまで来たところでとりあえず今日は終了。2時間以上は歩いたことになる。ありがたかったのは雨がほぼやんだこと。あまり変化がある道のりではなく、単調といえば単調だったのだが、こういうかたちで歩くのは久しぶりだったので楽しかった。腹もすき、疲れてこともあり、まずはランチタイム。今日は夜もとれるかどうかわからないので、がっつり系でいくことに。トンカツ屋に入る。そこそこいい値段だったので自分は880円のメンチカツ定食にする。
最初の約束までまだ時間がたっぷりあるので、市役所のあるビルの喫茶店でお茶をする。椅子に腰をおろした瞬間からぐったり、眠くなってきた。このまま帰りたくなってきたのだが、そんなことも言ってられない。
2時過ぎにニューゼへ。ちょうど子どもが集まってこども新聞作成の作業をやっていた。なかなかにぎやか、活気があってよろしい。
館長さんと打ち合わせというよりは現況についていろいろお話を聞くことに。政治でも行政でもいろいろ動きがあるようだ。子どもたちが帰ったあと子ども未来新聞を一緒につくっているスタッフさんを紹介される。そして話しを聞いたらびっくり、一年ぐらいかけて若宮丸をテーマに子ども未来新聞でとりあげていくという。これはうれしい話しではないか。いままでも学芸会でとりあげられたりしたことはあったが、こうして本格的に子どもたちが若宮丸のことをとりあげるということは、初めてだろう。彼らがどんなことに興味をもち、どう紙面に生かしていくのか楽しみではないか。
また今度来るときにいろいろ話し合うことにする。まずはとりあえずスタッフの皆さんに若宮丸の資料を送ることからはじまる。館長の武内さんが、とにかく若宮丸のことをサン・ファンと並ぶものにしたいとおっしゃっていたが、これもうれしいこと、希望は未来だけでなく、過去にもあるんですよねという言葉が胸に沁みた。16時前にお暇して、近くの街の本棚へ。
いまここでは一箱古本市が谷根千であったとき羽鳥書店で二日間だけやっていた女川一中の句あの日から展示会をしている。この本をつくった小野さんが今日はここで茶話会を開くというので、参加させてもらうことになった。小野さんの「女川便り」はこちら。http://www.hatorishoten.co.jp/onagawa-dayori.html
小野さんはこの日今年女川中学を卒業し、いまは石巻高校に通う、前生徒会長の木村峻哉君を同行し、小野さんが彼に質問をして、それに対する峻哉君の答えにわれわれが突っ込むというかたちで進行した。1時間半ぐらいだったかと思うが本当に濃厚な時間であった。俊哉君たちが女川中学に入学したのはあのあとの4月である。そしてあの命の石碑のプロジェクトは彼らが一年の時に始めたものだという。絆のプロジェクト、記録を残すプロジェクトともうひとつのプロジェクトと三つに分かれて、生徒がそれぞれさまざまな意見を出し合い、そして究極的にはあの石碑ができたという。
本が大好きで小説家になりたいという彼のとてもはっきりとした言葉に感動した。特に今年の卒業式で彼が書いた答辞を読んでくれたのだが、これには泣かされた。あの小野さんの本の最後の答辞にも泣かされたが、今日はまた一年の時から被害に遭い、そしてずっと仮設で暮らしてきた彼の率直な気持ち、未来への希望があの場で聞いていた我々ひとりひとりの胸に届いてきた。
あまり時間はないのでゆっくりはできなかったが、ほんとうに若い力に鼓舞された一日となった。
希望ということばがしっかりと輝きをもった一日だった。
ここに来るまではもう帰ろうかなんて思っていたが、なにか若い力に元気をもらったような気さえしてきた。
慌ただしく皆さんに挨拶をして、石巻駅に向かう。缶ビールを買って、石巻線の電車に飛び込む。
小牛田で乗り換えた時はまだ薄暮。うっすらと木や畑のかたちが見える。それがしだいに暗くなるとまったく見えなくなり、遠くで灯る明かりだけが目に入る。こういう景色に旅情がかきたてられる。
若い力をまじかに感じるなかで、なにかひとつ見えてきたものがあった。しばらくこの線で行ってみようと思うと、なにか力が涌いてくるのを感じる。彼らのおかげだな。
仙台駅ではやぶさに乗り換え、コンビニに買ったおにぎりとビールで簡単に夕食を終わらせ、あとはひたすら寝る。
23時過ぎに帰宅。軽くハイボールを飲んで就寝。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

石巻へ

2014-06-28 08:18:30 | お休み日記
7時に目が覚める。やはり飲み過ぎだった。9時過ぎ親父はデイサービスに向かう。いろいろ力仕事をしてから家をでる。今日は走っていないので岩切まで歩くことに。小1時間かかった。東北線で小牛田に出て石巻線に乗り換え、13時過ぎに石巻着。前にも食べたうどんやで昼食。ホテルに荷物を置いてから立町の喫茶店へ。今企んでいる企画について知り合いの記者に相談にのってもらう。自分の頭のなかでしか考えていなかったことが、少しかたちを成してきたような気がする。やはり人の意見を聞くのは大事である。このあと歩いて本間さんのところへ。本間さんにも意見を聞く。ここでも面白い意見が聞けた。雑談しているなかで、再開発の現状についての話も。二年もしたらこのへんもずいぶん変わるでしょうねという言葉を見せてもらった再開発のプランと重ね合わせると、このままでいいのかなという気になってくる。自分がいまやろうと思っていることは、こうした実際の再開発とは関係のないことである。さらに再開発プランに異議を言える立場にはないことはもちろんである。ただなにかできることはないのだろうか。6時前にお暇してホテルに戻る。途中日活パークという映画館の前を通る。めちゃめちゃキッチュな場末感プンプンの映画館だった。切符売り場までの通路なんかたまらなかった。入りたいという気もあったのだが、やめとく。石巻は深い。寝酒と明日の朝食を買い、駅前の石巻の万里で夕食を食べてからホテルへ戻る。昨日の深酒が効いたのか、なにもする気が起こらず、今日はそのまま横になり就寝。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

仙台へ

2014-06-27 08:16:38 | お休み日記
6時半に目が覚める。ストレッチをしてから大館初走り。昨日駅からタクシーでホテルまで来る途中に見えた川を目指す。長木川という川だった。羽越街道と書かれた案内板を見る。途中から舗装されてない道になる。こういうでこぼこ道を走るのは久しぶり。カッコウやさまざまな鳥のさえずりが聞こえてくる。川沿いを走っているはずなのだが、だんだん鬱蒼とした森のようになってくる。そういえば2-3日前の新聞で大館で熊が出現という記事を読んだのを思い出す。適当なところでおり返す。ホテルに戻りシャワーを浴び、昨日買っておいたサンドウィッチとコーヒーで簡単な朝飯。やはりネットはつながらず。しかたがない。
9時半にチェックアウト、中央図書館に向かう。かなり蒸す感じ。アポイントをとっていた館長さんとお目にかかる。以前鳥潟に関連して地元の郷土史の本について問い合わせをしたとき館長さん自ら丁寧な返事をくれた。これがきっかけとなり何度かメールのやりとりをさせてもらった。お目にかかるのは初めて。ここの図書館のすごいところは菅江真澄の自筆本を50冊以上所蔵しているところ。県の文化財に指定されているだけに閲覧でするためには面倒な手続きが必要で、今回はもちろん見れなかったが、いつか実物を拝みたいものだ。いろいろ話をしているうちに曲町にあるハリスト教会の話題に。これから見に行きましょうということになる。前回大館に来た時に気になっていた。まさか今日見れるとは。管理しているお宅にお邪魔してから教会に。明治25年に建てられたというが、その小ささにまず驚く、そして中の美しさにしばし呆然。ここには山下りんのイコン画があることでも知られている。来れてよかった。駅まで送っていただく。前にも昼を食べたレストランでチャーハンを食べてから奥羽本線に乗って新青森へ。はやぶさは満席。仙台から今日は岩切に出て、タクシーで実家へ。
すぐに夕飯となるが、食卓にうれしいことにホヤが。おやじがおまえはつくづく運のいい男だと言い出す。ホヤはなんでも昨日手に入ったものだという、しかもさらに沿海捕鯨で取り立てほやほやのクジラの刺身も友達からもらったばかり、ホヤを食べるのは3年ぶりになるのかな。クジラは脂身たっぷりの皮も。酒がすすむ。おやじは相変わらずだが、おふくろがあちこち痛いと言っていうのが気になる。おふくろが寝た後にまた飲み直し。飲み過ぎだって。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大館にて

2014-06-26 09:26:03 | お休み日記
3泊4日の荷物をリックに詰めるとさすがに重い。10時出社。ボリスから久しぶりにメール。来年のモンテカルロにでるようだ。頑張ってるな。秋の公演のオープニングのイメージが急に浮かび、その勢いでエージェントにメール。下手な英語で分かってくれたかな。
12時半に会社を出て、まずは東京駅へ。今日は大人の休日倶楽部恒例の17000円乗り放題なので、普段は乗らないはやぶさに乗る。ぎりぎりに乗車、しかもかなり混んでいる。仙台までは熟睡。仙台から持ってきた映画サーカスの原作シナリオを読む。辞書を持ってきていないが、わりとすいすい読めた。新青森着。前に来たのは去年の12月、あのときは降りてすぐに寒気を感じたのだが、今日はなんかむっと来る。東京より蒸していた。奥羽本線に乗り換え大館に向かう。車窓から見える景色が冬のとはまったく違う、夏至をすぎたばかり、日も長くなっているということもあるが、明るい。そして緑が濃い。撫牛子という駅があった。弘前から秋田方面の電車に乗り換える。沿線にリンゴ畑が見えてくる。緑や白の紙に実が包まれている。これからが大事なのかも知れない。
18時9分大館着。18時半にホテルで約束しているので、タクシーでホテルへ。
市役所の近くのホテル。昔風のホテル。
荷物をおいてすぐに下へ。鳥潟さんが待っていてくれた。近くの居酒屋に移動して、まずは名刺交換。メールで二度ほどやりとりをしていたが会うのは初めて。鳥潟小三吉の子孫にあたる。小三吉のことについてはずいぶん調べてこられたようで、分厚い資料をいただく。
非常に面白い話をたくさんきかせてもらった。そして自分なりの小三吉像をつくるための大きなヒントをもらえたし、調べていくポイントもはっきりしてきた気がする。その意味でほんとうに会えてよかったと思う。あっという間だったが、時計をみたら22時半。今後の交流を約してお別れする。
コンビニで水を買って部屋に。
ネットが一瞬つながる。ただ酔っていたのでなにもできず。朝も早かったので24時前に就寝。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

カレンダー

2014年6月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30

バックナンバー