デラシネ日誌

私の本業の仕事ぶりと、日々感じたことをデイリーで紹介します。
毎日に近いかたちで更新をしていくつもりです。

湖畔で白州を想う

2023-01-13 07:37:05 | デラシネ日誌
妻と連れ立って市原湖畔美術館に行く。コロナ前にここでロシアユートピア展をやっていたとき、一緒に見に行って以来二回目となる。横浜からバスで、アクアラインを通って、80分くらいでバスターミナル、そこからタクシーでというコースは前回と同じ。11時半ぐらいに到着。「アートキャンプ白州とは何だったか」という展覧会を見る。

野毛で 泯 さんと木幡さん、斉藤朋さんと初めてあって、たぶんその年の夏初めて白州に行ったのだと思う。それからたぶん毎年時には芸人さんを連れて、何日かは夏の白州で過ごした。さらに毎年妻の妹家族と、義父と義母と合同の家族旅行をしていたのだが、その場所が白州となり、さらに白州で過ごすことが多くなった。ここで出会ったさまざまな芸はとても強く印象に残っている。最初見たのが駒神社でべつになんでもクレズマーのフルバージョンだったと思う。延々と魔法使いサリーをやっていたのを深夜まで聞いていた。千年の愉楽という芝居も見たし、なにより 泯さんのくじらが空を飛んだりするスペクタクルは毎年楽しみだった、あそこで見た火吹きもすごかった。とにかくいろいろな出会いの場となった。森の奥深くになにげにあったアート作品も面白かった。いまやっている瀬戸内とか妻有やリボーンアートとまったく違うのは、都会から来る客などにこびるのではなく、そこ、つまり白州に根ざしていたこと、木幡さんをはじめ、みんなスタッフの人たちが大地とつながっているような、そんな強い土着性があったことだ。最後のコーナーにあったチラシを見ていて、懐かしくなったが、とにかくどんだけたくさんのメニューが織り込まれ、それがみんな手作り感満載だった。濃厚な夏だった。

展示の美術作品はたいしたもんではなかったが、四-五ケ所で上映していたビデオ映像に妻ともどもしばし見入ってしまった。団扇をあおぎ、首に手拭いしている木幡さん、そんな付き合いはなかったけど田村さん、いまは亡き懐かしい人たち、そして泯さんや 巻上さんの若いこと。

このビデオをずっと見ていたかった。自分が引率したモンゴルサーカスやミミクリーチ、プラコメの面々も連れて行ったのをチラシを見て思い出したが、大道芸人たちのことは、白州の歴史のなかではほぼ埋もれている。ただそれでもやはり白州のあの濃密なひとときは、自分のからだにいまでも染みついている。
遅いランチは施設内にあるピザ屋。ふたりで同じピザを一枚ずつ頼んだが、出てきたときふたりとも一枚で良かったねとつぶやいてしまうぐらいのボリュームだった。それでもぺろり。美味かった。いちぢくのスムージーも美味しかった。帰りは腹ごなしということで、前回同様バスターミナルまで3キロほど歩く。途中もちろん稼働していないのだろうが、酒の自動販売を見て、思わずパチリ。

そして前回も見て、これをネタにふたりでいろいろ想像力をめぐらした立て甲板もまだ健在であった。

小一時間でバスターミナル到着。ここから15時発の東京行きに乗る。横浜行きは16時45分だったので、これにした。着いたのが八重洲バスターミナルという、東京駅の向かいにあるミッドタウン八重洲というビルの地下。これは知らなかった。
17時過ぎに帰宅。今日は夕飯は軽くいこうということで、そばにする。
夜クリューコフから電話、デリーエフからもメール。朝ある提案を書いたメールをだしておいたのだが、その返事だった。
まだ動き出したとはいえないが、自分の意思表示ははっきりしておいた。また少しずつだが、動いていこう。
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