ダンポポの種

備忘録です

メガネ・デビュー記念日

2008年03月09日 10時06分26秒 | 備忘録
西宮で過ごした小学生時代の思い出。

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

4年生の2学期後半ごろから、自分でも気付いていたのだが、黒板の文字が見えづらくなってきた。
視力の低下だった。

授業中も、目を細めたり、指で目尻をつり上げたり、下げたり…、なんとか焦点を合わせようと奮闘していたが、やがて、そういう頑張りも効果が薄れてきて、自分自身でも「これは不便だ」と実感するようになった。不便というのは、黒板の字をノートに書き写すのに、人よりも余計に時間がかかるようになったことである。

5年生に進級したとき、担任の先生の配慮によって、健康検査で視力が悪かった児童たちは優先的に、黒板から近い教室前方の席に配置されることになった。
『この際だから、一刻も早く、眼鏡を買ってもらうように!』
という、指導付きの措置ではあった。

この取り計らいにより、私も最前列の席を割り当てられ、当初は懲りもせず裸眼で頑張っていたが、近視はどんどん進んでいくので、ほどなく、最前列からでも黒板の字が見にくくなってきた。
視力の良い人には想像がつかないだろうが、本当に、最前列の席からでも、黒板の字がぼやけて読めなくなる。もう、眼鏡なしでは為す術がない。

私の場合、肝心の眼鏡は視力検査の直後に早々と買ってもらっていて、毎日ランドセルの中には入れて、登校していた。けれど、クラスメートの前で眼鏡を掛けるのが恥ずかしくて、ずっと躊躇していた。学校内ではランドセルから眼鏡を取り出せずにいた。小学生のメガネ・デビューには勇気が必要だ。

私としては一生懸命に黒板の文字を見ようとしているだけなのだが、その姿は、最前列の席にデンと座り、目を細め、しかめっ面で黒板を睨みつけているわけだから、つまり…、教壇に立つ先生に対してガンを飛ばしていることにも等しく見える。本人だけが気づいていないが、傍から見ると相当印象が悪い光景だ。


ある日の授業中、ついに、見かねた先生の鋭い声が飛んできた。

「コラッ!! 眼鏡を持って来ているんだったら、さっさと、掛けなさいっっ!!」

実際には、私を〝名指し〟しての一撃だった。
声を聞けば分かる、先生の本気モードの叱り声が炸裂し、授業の流れが完全に止まった。
〝ザッ…〟という空気の変化。それは、クラスメートたちの視線が一斉に私へ向けられる気配。
うううっ、背中にみんなの視線が…。悲惨すぎる。

授業が止まり、突然の静けさに包まれた教室内に、ランドセルから眼鏡ケースを取り出す音だけがゴソゴソと響いた。