ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

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民衆版画の先駆者 呉潤(オ・ユン) = 韓国80年代民主化運動と版画の親和性 =(2)

2011-09-26 23:58:10 | 韓国の芸術
 先月翻訳本で読了したキム・ヨンハの小説「光の帝国」に、民主化闘争が高揚していた1986年当時の延世大学のサークル室(政治経済研究会)について、次のような一節がありました。

 壁には、仮面をつけて踊る男を彫ったオ・ユン(呉潤)の木版画と、シン・ドンヨプ(申東曄)の詩『金剛』が並んでかけられていた。

 9月14日の記事でも書いたように、詩人・申東曄(신동엽.1930~69)の叙事詩「금강(クムガン)」は、漢字で書くと『金剛』ではなく『錦江』です。
 民族主義的な抵抗精神の横溢した彼の詩と並んで掲げられていることからも、呉潤(1946~86)の木版画が民衆芸術として、80年代民主化闘争を担った人々の心を捉えたことがうかがわれます。

       
   【断定はできませんが、呉潤の踊る男の版画とはこの(ような?)作品です。】

 <詩と踊りを踊る絵(시와 춤추는 그림)>というタイトルの韓国ブログ中に、「凄絶な80年代民衆の社会的伝記 絵で発言する」という記事がありました。
 そこには、呉潤の版画と出会った感動を次のように記しています。

 80年代われわれは呉潤のような民衆版画家が出て、長く累積した文化的劣等感を確実に解消できた。日本から受けた劣等感、軍事独裁から洗脳された劣等感をすっかり洗い落とすことができた。こんな版画は、どの国の影響も受けず、自生的で創造的美術だったためだ。 
 ・・・・彼の版画ひとつが与える戦慄と感動は天地の開闢だった。彼の版画は、当時金芝河の詩と散文集の常連として用いられ、相乗効果を発揮した。私はそんな版画を見て万歳を叫ぶばかりだった。これはまさしくパンソリを聞く時われわれの心の深いところに積もった一切の恨としこりまですべて抉り出してかき出してくれる、そんな涼しく白い日陰の草といえる。

 ※上記リンク先の韓国ブログに流されている歌はノチャサ(노래를 찾는 사람들)の「5月の歌(5월의 노래)」です。

 ここにあるように、呉潤は70年代からすでに金芝河の詩集には常連の版画家となっていました。言うまでもなく(?)、朴正煕政権を批判した作品で投獄され、死刑宣告を受けて、日本でも関心を集め、釈放運動も行われた詩人です。

      
  【70~80年代の代表的抵抗詩人・梁性祐(ヤン・ソンウ)の詩集「落花」も・・・。崔明子(チェ・ミョンジャ)という勤労女性とその詩集「私たちの願い(우리들 소원)」は知りませんでした。】

 ところで、この金芝河と呉潤は、ずっと以前からの知り合いだったそうです。呉潤の姉のオ・スッキ(呉淑姫? 現全南大学の女性学者)と親交があり、また姉弟の父である小説家・呉永寿(オ・ヨンス)のことを知っていたことから金芝河が呉一家の家に出入りしするようになり、1963年にまだ高校生だった呉潤とも初めて会って話をしたとのことです。(金芝河は彼の5歳年長。)
 その時に金芝河は、敦煌や高麗の仏画を観ること、金弘道(キム・ホンド)申潤福(シン・ユンボク)をよく観ること、メキシコのシケイロスリベラを深く勉強すること等を説いたそうです。

 その言葉通り、呉潤はその後仏教美術について理解を深める一方、さまざまな民衆文化に興味を持ち、また金芝河とともに姜一淳(カン・イルスン)等の民衆的な生命思想にも傾倒したということです。
 この辺の経緯は、2006年に呉潤の回顧展を開いた国立現代美術館のサイトの記事を参照しました。

※小説家・呉永寿は、私ヌルボも観た金洙容監督の映画「浜辺の村(갯마을)」(1965)の原作者。また呉永寿文学賞という文学賞があり、2004年(第12回)の受賞者が孔枝泳。いろんな縁があるものです

 上記のような呉潤の足跡を見ると、その強い民族主義・民衆主義・反権力志向が、70~80年代の民主化闘争と波長が合った・・・・というよりも、運動の精神的基盤を形成する役割さえも果たしたのではないかと思います。

      
    【呉潤が描いた「地獄図」。<코카-콜라(コカコーラ>)や<MAXIM>に注目!】

 年齢的にも80年代の民衆版画家たちの先導役を果たした呉潤ですが、闘争の成果である<6.29民主化宣言>を見ることなく、その前年の1986年、初の個人展を開いた直後に肝硬変のため40歳の若さで世を去りました。

 しかし今世紀に入っても上記のような20周忌回顧展も開かれ、そして日本でも2008年に<民衆の鼓動 韓国のリアリズム 1945-2005>というタイトルで展覧会が開かれました。
 私ヌルボは観ていませんが、呉潤と洪成潭(ホン・ソンダム)を中心とした企画だったようです。

 次はその洪成潭をとりあげます。
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