学問空間

『承久記』『五代帝王物語』『とはずがたり』『増鏡』『太平記』『梅松論』等を素材として中世史と中世文学を研究しています。

「そう、これらの学説は「階級闘争史観」のバリエーションでしかない」(by 呉座勇一氏)

2020-09-06 | 『太平記』と『難太平記』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2020年 9月 6日(日)11時17分41秒

それでは呉座勇一氏の『戦争の日本中世史』に戻ります。
昨日、呉座氏が強く批判してやまない「階級闘争史観」華やかなりしころの学説の状況を確認しようと思って、歴史学研究会・日本史研究会編『講座日本史3 封建社会の展開』(東京大学出版会、1970)所収の佐藤和彦「南北朝の内乱」を眺めてみたら、「御家人の家における惣領と庶子の対立に注目する意見」は既に出ていましたね。
半世紀、あるいはそれ以上遡る学説のようです。

佐藤和彦(1937-2006)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E8%97%A4%E5%92%8C%E5%BD%A6

昭和初期に「階級闘争史観」による歴史学研究が始まり、治安維持法下の弾圧で沈黙を余儀なくされた後、敗戦後に「階級闘争史観」の爆発的なブームが到来し、例えば東大文学部では「国史学科の四九年入学組十六人のうち実に九人までが共産党に入党する」ような状況になります。

「運動も結構だが勉強もして下さい」(by 坂本太郎)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/06ac5441a8971a3ada912df93428d77f

既に百年近い歴史を有する以上、鎌倉時代末期に限っても「階級闘争史観」の内容は複雑で、研究史を丁寧に追って行けばそれなりに面白いのでしょうが、大変な手間と時間がかかりそうなので今は遠慮し、学説整理の手際よさには定評のある呉座氏の説明をもう少し聞くことにします。(p99以下)

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 本来は自分たちと同じ一御家人にすぎない北条氏の専制支配に、御家人たちの怒りがついに爆発した、という説もある。これに、流通や貿易への関与によって富を蓄えていく北条得宗家・御内人〔みうちびと〕に対し、貨幣経済の進展に取り残され相対的に貧しくなった御家人たちの反感が高まっていく、というストーリーが付け加わることもある。
 けれども、この見方では、北条氏と姻戚関係を結び幕府内でも有力御家人として尊重されていた足利高氏(のちの尊氏)が鎌倉幕府に反旗を翻した理由を説明できない。
 御家人不満説とは逆に、御家人ではない武士たちの反抗によって滅びたという議論もある。第一章で説明した「御家人身分の限定性」という問題、つまり御家人になりたくてもなれない武士たちが当時の社会に多く存在していたことを思い出してもらいたい。すなわち、蒙古襲来対策として幕府のために軍役を負担しているにもかかわらず、幕府から御家人として認めてもらえず保護も受けられないという差別的待遇に対する非御家人の不満と反発が、幕府滅亡につながったというわけだ。これは<悪党=御家人ではない新興の武士>という古典的な理解に基づくもので、倒幕に大功のあった楠木正成や赤松円心がその典型例とされる。
 しかし、近年の研究では、楠木氏は御内人、赤松氏も六波羅探題配下の御家人であったことが指摘されている。反体制派どころか、完全に体制側の人間だったのである。
 右に掲げた諸説に共通して言えることは、体制から疎外された勢力が蜂起し、体制を打破するという筋立てである。読者諸賢は既にお気づきであろう。そう、これらの学説は「階級闘争史観」のバリエーションでしかない。
 御家人・非御家人を問わず、鎌倉幕府、特に北条氏の専制に不満を持っていた人は確かに大勢いただろう。鎌倉幕府の中枢にあって甘い汁を吸っていた特権的支配層を除く九九パーセントの人間が反感を抱いていたと言っても過言ではない。だが、そのことと、彼らが幕府打倒、北条氏打倒を現状打開の手段として現実に検討するかどうかは、全く別の問題である。
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いったん、ここで切ります。
「特権的支配層」という表現は細川重男氏が用い始めたものですかね。
昔は御内人(身内人)は御家人より格下みたいに思われていたのですが、そんなことはなくて、そもそも御内人と御家人は排他的ではなく、実際には御家人が御内人になっていること、そして御家人と身内人の最上層で構成される「鎌倉幕府の中枢にあって甘い汁を吸っていた特権的支配層」の実態を解明したのは細川氏の業績ですね。(『鎌倉政権得宗専制論』、吉川弘文館、2000)

細川重男(1962生)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E5%B7%9D%E9%87%8D%E7%94%B7
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