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「債務契約」について─その2

2010-12-07 | 井原今朝男『中世の借金事情』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2010年12月 7日(火)22時10分33秒

(承前)
また、社会生活上非常に重要な債権の発生原因である契約についての第二章は以下のように構成されています。

  第二章 契約
   第一節 総則
    第一款 契約の成立
    第二款 契約の効力
    第三款 契約の解除
   第二節 贈与
   第三節 売買
    第一款 総則
    第二款 売買の効力
    第三款 買戻し
   第四節 交換
   第五節 消費貸借
   第六節 使用貸借
   第七節 賃貸借
    第一款 総則
    第二款 賃貸借の効力
    第三款 賃貸借の終了
   第八節 雇用
   第九節 請負
   第十節 委任
   第十一節 寄託
   第十二節 組合
   第十三節 終身定期金
   第十四節 和解

物権は「人(自然人・法人)が物を直接支配する権利」であり、物権の内容が明確化されていないと取引社会は大混乱しますから、その種類は法律(民法以外の法律を含む)によって限定され、その内容も法律によって明確化されています。
これに対し、「人(債権者)が特定の人(債務者)に対して一定の行為を要求することのできる権利」である債権のうち、契約に基づく債権は、近代資本主義社会の大原則である「私的自治」「契約自由の原則」により、当事者が合意で自由に決められますから、その種類は無限であり、その内容も無限に多様です。
「第二章 契約」の挙げられている贈与以下の13種類の契約は講学上「典型契約」と呼ばれていますが、それ以外の「非典型契約」も無限に存在します。

さて、以上を前提とすると、『中世の借金事情』に夥しい頻度で登場する「債務契約」という用語はずいぶん奇妙な表現です。
通常は契約は債務(=債権)の発生原因と理解されているのですが、「債務契約」では「債務」と「契約」の関係が不明確です。
そこで井原氏の実際の用例を検討すると、井原氏は「金銭消費貸借契約」を念頭においているようです。
「消費貸借」とは借りた物と同種・同量の物を返還することを約する契約です。
類似の契約に使用貸借契約と賃貸借契約がありますが、これらは借りたその物自体を返還しなければならない契約で、無償なのが使用貸借、有償なのが賃貸借です。
消費貸借の対象物は別に金銭に限らず、それ以外の物(例えば米などの穀物)もありますが、実際には金銭が重要ですね。
『中世の借金事情』を通読すると、井原氏の問題意識は一方が「社会的強者」、他方が「社会的弱者」の金銭消費貸借契約に集中していますが、金銭消費貸借契約自体は銀行などの社会的強者同士の間でも、また社会的弱者同士の間でも普通に締結されていますね。
また、井原氏は債権者を社会的強者、債務者を社会的弱者と把握する傾向がありますが、そもそも一つの契約から複数の債権債務が発生するのが通常で、当事者の一方はある債権の債権者であると同時に他の債権の債務者でもありますから、そのような把握が根本的に誤っていることは以前の投稿で指摘しました。
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