学問空間

『承久記』『五代帝王物語』『とはずがたり』『増鏡』『太平記』『梅松論』等を素材として中世史と中世文学を研究しています。

再開に向けての備忘録(その11)

2022-10-25 | 唯善と後深草院二条

(その1)で数回で止めると誓ったはずの「再開に向けての備忘録」シリーズが既に十回を超えてしまいましたが、「二所詣」(実際には三嶋社を含む三社詣)の歴史は妙に面白くて、あと十回くらいは書けそうですね。
ただ、国会図書館サイトで検索してみたところ、田辺旬氏に「鎌倉幕府二所詣の歴史的展開」(『ヒストリア』196号、2005)、矢田美保子氏に「二所詣の参詣形態から探る鎌倉幕府における将軍と執権の攻防」(神奈川大学大学院歴史民俗資料学研究科編『歴史民俗資料学研究』18号、2013)という論文があるそうで、先行研究と重複しても仕方ないですから、とりあえずここで止めておきます。
この二つの論文は遠隔複写を依頼しているので、入手後に何か気づいたことがあれば、また書くつもりです。
さて、「二所詣」に執念を燃やした第四代将軍・藤原頼経に続いて、第五代藤原頼嗣、そして第六代宗尊親王の時代にも「二所詣」をめぐる将軍と得宗との確執があったようですが、文永三年(1266)に宗尊親王が鎌倉を追放された後、

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建治二年(一二七六)一月二〇日の北条時宗邸の火災により惟康将軍の二所参詣精進が延期されたのを最後として(鎌倉年代記裏書)、将軍の二所参詣の記事はみえなくなる。永仁三年(一二九五)二月二四日には北条貞時が二所参詣のための精進を始めており(永仁三年記)、正安四年(一三〇二)三月一九日には北条貞時が二所参詣を行った(鎌倉大日記裏書)。文保二年(一三一八)二月一七日と嘉暦二年(一三二七)三月五日北条高時も二所権現と当社に参詣している。これは北条得宗が将軍に取って代わったことを象徴するものではなかろうか。
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とのことです。(p104)
貞時による「二所詣」が「北条得宗が将軍に取って代わったことを象徴するもの」であったとすれば、「正応五年北条貞時勧進三島社奉納十首和歌」はその準備段階の行事と位置づけることが出来そうです。
なお、『日本歴史地名大系第22巻 静岡県の地名』には、

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〔旅人の参詣と和歌等の奉納〕
【中略】
正応二年(一二八九)三月初旬後深草院二条は鎌倉へ赴く途中当社に参詣し、千早という衵のようなものを着た乙女子が三、四人入れ違いながら離れて舞う神楽を興味深く夜が明けるまでみていた(とはずかたり)。同五年冷泉為相・公朝・京極為兼・飛鳥井雅有・二条為道・法眼慶融らによって和歌が奉納されている(夫木抄)。永仁元年蓮愉(宇都宮景綱)は当社に奉納された北条貞時一〇首に寄せて、「神まつるこころにはあらぬさかきはにゆふしてかけてふれるしら雪」などと詠んでいる(沙弥蓮愉集)。【後略】
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とありますが、『とはずがたり』の原文を紹介しておくと、

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 伊豆の国三島の社に参りたれば、奉幣の儀式は熊野参りにたがはず、ながむしろなどしたる有様もいと神々しげなり。故頼朝の大将しばし願をこめられたりける、はまの一万とかやとて、ゆゑある女房の壺装束にて往き返るが、苦しげなるをみるにも、わればかり物思ふ人にはあらじとぞおぼえし。月は宵すぐるほどに、待たれて出づるころなれば、短か夜の空もかねてもの憂きに、神楽とて少女子〔をとめご〕が舞の手づかひも、見なれぬさまなり。襅〔ちはや〕とて衵〔あこめ〕のやうなるものを着て、八少女舞とて、三四人立ちて入りちがひて舞ふさまも、興ありておもしろければ、夜もすがら居あかして、鳥の音にもよほされて出で侍りき。
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というものです。(次田香澄『とはずがたり(下)全訳注』、p211)
また、「正応五年北条貞時勧進三島社奉納十首和歌」に関する記述は間違いが多いのですが、公朝(北条朝時猶子)は参加者ではなく、これは宇都宮景綱(連瑜)との混同です。
そして、「神まつるこころにはあらぬさかきはにゆふしてかけてふれるしら雪」という歌は『沙弥蓮瑜集』の391番ですが、この歌には詞書はなく、三嶋社と関連があるかどうかは不明であり、「当社に奉納された北条貞時一〇首に寄せて」は誤解ですね。
宇都宮景綱(連瑜)が「正応五年北条貞時勧進三島社奉納十首和歌」に寄せた六首は、

33  なみのうへもはれたるおきのゆふなぎにかすみをのこす浦のはつしま
79  みるまゝによこ雲うすくあけそめてみねのこずゑぞ花になりゆく
150 いつまでと心とゞめぬおいが世にまつことのこすほとゝぎすかな
237 しら露を枝に玉ぬくあき萩はをるべき花の色とだにみず
385 うづもれぬかたえの雪にあらはれてあらしの跡ぞ松に見えける
439 ふけとだにまたぬゆふべにかなしきはわがためつらき人の秋風

というものです。

コメント
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