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『日本立法資料全集1 皇室典範』

2016-07-18 | 天皇生前退位
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2016年 7月18日(月)11時41分9秒

芦部信喜・高見勝利編『日本立法資料全集1 皇室典範』(信山社、1990)という本を入手し、パラパラ眺めているのですが、けっこう面白いですね。
特に宮沢俊義の「天皇退位論」に載っていた南原繁の貴族院における質疑応答は興味深いです。(p385以下)

「平価切下げ」と「陛下切下げ」

1946年(昭和21)12月16日、まず、国務大臣男爵幣原喜重郎君が登壇し、「吉田総理は一両日来少し不快で引き籠つて居りますので、只今上程に相成りました皇室典範案に付きまして、私から其の提案の理由を御説明申し上げるやうにと云ふことであります」とのことで、簡単な提案理由の説明があります。
ついで副議長・伯爵徳川宗敬君が「質疑の通告がございます、佐々木惣一君」と佐々木惣一君に登壇を促し、佐々木君は上下二段組で11頁分ほど質問し、これに幣原君と国務大臣金森徳次郎君が回答します。
その回答に満足しない佐々木君は、少し遅刻したらしい議長・公爵徳川家正君の許可を得て再登壇し、退位について質問しますが、その途中で、議長の「質問の範囲で、御批判でなく質問の範囲で……」という発言があり、〔「簡単、降壇」と呼ぶ者あり〕という状況で質問を打ち切ります。
そして、次に南原繁君が登壇します。
南原君が上下二段組で6頁分くらい質問すると、幣原君がインフレがひどくなった場合の平価切下げ云々の回答をし、ついで金森君が退位規定が存在しない点について若干丁寧な回答をします。
そして更に国務大臣田中耕太郎君が登壇し、更に丁寧な回答をします。
その後、議長の許可を得て南原君が再登壇し、幣原君のインフレ云々発言に苦言を呈し、金森君に不満を述べるも、「田中文相は最後にさすがに此の問題を深刻に、私の問題を考へられて、道徳的問題と関連しまして、此のことの御答弁があつたことは私は稍々満足の至りであります、併しながら……」と続け、これから激論が始まるのかなと思いきや、「それ以上は意見の相違もございまするし、私は此の本会議の礼儀を重んじて私の質疑は之を以て終りと致します(拍手)」とのことで、意外とあっさり終わってしまいますね。
さすがに議事録には宮沢俊義が描写する、南原君が<「大臣返事は、な、な、なんと!」とりきみかえっていた>という雰囲気は再現されていませんが、宮沢君も佐々木・南原君と同じく勅選の貴族院議員として、南原・幣原・金森・田中君のやりとりを実際に見ているはずなので、宮沢君の若干シニカルな性格を差し引いても、南原君の幣原君非難は相当厳しい調子ではあったのかなと想像します。

>キラーカーンさん
>皇室典範が「法律」であることの妥当性についても疑問なしとはしません

その部分を変更するのであれば、本格的な憲法改正の問題になってしまいますね。
天皇に関する第一章は国民主権の裏返しの問題ですから、収拾のつかない大議論に発展しそうです。
ちなみに1946年4月、憲法改正草案が国民に公表される前に当時の枢密院官制によって枢密院で諮詢する手続きがとられた際に、美濃部達吉顧問官と入江法制局長官の間で、次のようなやり取りがあったそうです。(p8)

------
美濃部顧問官 皇室典範は法律の一種なりといふことに対しては疑あり。法律第 号として公布せらるるか。然らば皇室典範の特質に反す。皇室典範は一部国法なるも同時に皇室内部の法にすぎぬものあり。此の後者に天皇は発案件〔権〕も御裁可権もないことはおかしい。普通の法律とは違つたものである。天皇が議会の議を経ておきめになることにせぬと困る。

入江法制局長官 内容は現在の皇室典範がそのまゝと考へぬ。将来は国務に関する事項のみとし度い。内部のことは皇室自らおきめになるとよいと考へた。

美濃部顧問官 然らば皇室典範といふ名称はやめぬといかぬ。この名称は皇室の家法といふべきものなり。憲法と合併してその一部にするか普通の法律とすべし。
-------

>筆綾丸さん
>法改正にだらだらと時間をかけるふりをして

今上陛下は国民の多くに敬愛されているので、今後、正式に何らかの意思表示があった場合には、さすがに誠実な対応をしないとまずいんじゃないですかね。
個人的には皇室典範の摂政の規定を若干変えるだけ、というのが一番良いのではないかと思っています。

※キラーカーンさんと筆綾丸さんの下記投稿に対するレスです。

譲位等々 2016/07/15(金) 23:41:54(キラーカーンさん)
確かに、純砲理論的には

>>実質的に天皇に皇室典範改正の発議権を認めるような対処は、天皇に「国政に関する権能」を認めることになってしまい

になってしまいます。
ただ、逆に、皇室典範については

皇族の身分に関することだけに「臣下」の国会議員が改正を議論すること自体が不敬

という心理状態に陥っている人も、ツイッターランドでは見受けられますし、
「当事者」である天皇・皇族の意向に反する典範改正議論ができるのか
という実際的な議論もありますので、

皇室典範が「法律」であることの妥当性についても疑問なしとはしません
皇室典範は「宮内庁令」とした方がよいのかもしれません

憲法的には摂政又は国事行為の委任で事足りるので「退位」が唯一絶対の解ではないのですが、
「太上天皇」として何らかの活動を行いたいという希望がおありなのであれば
天皇陛下自身の「(身心)の責任能力」がないことが前提となる摂政や国事行為の委任は
都合が悪いということになるのでしょう。
(太上天皇としての活動ができるなら、摂政や委任の必要はないということになります)

ネットのどこかで見ましたが今上陛下限定の「特別措置法」という方法もあるという気もしてきました。

建前的には、宮内庁長官・次長のように、「陛下の発言」の存在を否定して「一般論」として
皇室典範改正議論を進めるという方策を採らざるを得ないでしょう。

個人的には、皇室典範のみならず、
1 国事行為、公的行為、私的行為の整理(7条解散の明記、「総選挙の告示」という誤字の訂正を含む)
2 憲法尊重義務を天皇、摂政だけではなく、皇族を含める
3 皇位継承件を有する皇族が絶えたときには、最近親の「旧皇族」およびその男系子孫に継承
4 太上天皇の位置づけ
等々、この際に憲法まで改正したほうが「美しい」法体系になるとは思いますが

追伸(駄レス)
>>呉の海軍工廠における武蔵の竣工式
文中にあるように、武蔵は三菱長崎での建造なので、竣工式は三菱長崎ではという気がします
(一番艦の大和は呉工廠での建造でしたが)

>>艤装員長
艦艇が艤装段階になれば、乗組員要員は艤装員として、竣工に備えます
ということで、一般的には、艤装員長になれば、そのまま「初代艦長」に横滑りします。

desire to abdicate 2016/07/17(日) 14:51:46
手塚正己氏の『軍艦武蔵』を眺めてみましたが、艦内神社への関心はないようで、沈没時に神社や祭神がどんな運命を辿ったのか、という記述もないですね。
艦内神社は一番副砲後方の司令塔あたりにあったのだろうか、という気がします。よもや艦長室ではあるまい。

http://www.chuko.co.jp/shinsho/2016/07/102387.html
刊行予定の『戦艦武蔵ー忘れられた巨艦の航跡』にヒントがあるかどうか。著者の一ノ瀬俊也氏については何も知らないのですが。

http://www.bbc.com/news/world-asia-36784045
退位に関する外国の報道ではBBCのものが標準的で、
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However, both palace and government sources say the Imperial Household Law would have to revised to allow for the abdication to take place.
A change to the Imperial Household Law, which stipulates the rules of succession, would require approval by Japan's parliament.
-----------
法改正への言及はありますが、
The Emperor shall perform only such acts in matters of state as are provided for in the Constitution and he shall not have powers related to government.(天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。)
という条文には触れてないですね。
日本のお国柄からすると、法改正にだらだらと時間をかけるふりをして、陛下の容態の悪化を待って摂政を置き、崩御後、結局何もしないで現行の皇室典範でゆく、ということになりそうな気がします。

http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/20/2259545/index.html
昨夜のETV特集に、ポナンザ開発者の山本一成さんが出ていました。この人は理系なので、文章は下手なんだろうな、と舐めていたのですが、昨年の王座戦第四局の観戦記を読んで、認識を改めました。僭越ながら、佳い文でした。
コメント
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