大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第113回

2020年01月17日 21時50分53秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第110回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第113回



「もういいよ」

アマフウを残し、トウオウの部屋から退いてきたセノギがセキを見て言う。

「セイハ様はもういらっしゃいませんか?」

「うん。 ガザンの所に行くといいよ」

セノギを疑っているわけではないが、ヒョイとセノギの後ろから顔を出すと安心したようにセノギを見上げる。

「有難うございました」

「いいえ、どういたしまして」

小さな子相手だからといって、決してバカにして言っているのではない。 ただ、いつものことだが、小さいのにしっかりしていると感心している。

「セノギさん」

丸い目が言葉と同時にセノギに問いかけてくる。

領土では“さん” 付けなどない。 だがセキだけはセノギに“さん” を付けて呼んでいる。 以前、まだセキがこの歳になるずっと前のことである。 セキはここから出たことがない、いったい屋敷の外はどうなっているのだろうかと、屋敷を出入りするセノギに屋敷の外のことを訊いたことがあった。

すると屋敷の外のことは話せないけれど、と前置きをして人差し指を一本だけ立てて見せた。
『でもせっかくセキが訊いてきたのだから、一つだけ』 そう言って“さん” 付けのことを教えてくれた。
屋敷の外では名前に“さん” を付ける風習があると聞いた。 それは敬う相手や年上の相手に付けるものなのだということであった。

それを聞いてからセキは、敬意をもってセノギに“さん” を付けて呼んでいる。

「うん? なんだい?」

「身体、もう大丈夫なんですか?」

「ああ。 心配かけたね。 もう何ともないよ」

手には包帯が巻かれている。 こけた時に手を着いて深く傷が入ってしまっていた。 セノギの返事を聞いて自然と視線が包帯に移る。

「手ももう少ししたら治るから心配いらないよ」

そう言えばニョゼから聞かされていた。 早々に抜糸に行かなければいけないのだった。 予約を入れないと。

「近く出掛けるから、何か美味しそうなものをお土産に買ってくるね。 どんなものがいい?」

今まで立って話していたが、しゃがんでセキの高さに合わせる。

「えっと・・・。 前にお土産で頂いたチョコレートが美味しかった・・・」

催促しているようで言いにくいのか、尻すぼみに言う。 しっかりしているとはいえ、やはり子供。 欲しいものがあれば言ってしまう。 だがそれも相手がセノギだからだろう。

「分かった。 じゃ、買って帰ってくるね。 ほら、ガザンがシユラ様を困らせているよ」

セノギが芝生に目を移すとセキもそれに従って目先を移した。

「わっ! ガザン!」

慌てて紫揺の元に走り出した。

走り去るセキの後姿から目を外すと立ち上がる。 先程の紫揺の起こした現象は初めて見た。 紫揺の足元から色とりどりのポピーのような花が咲き始め、それがどんどん色んな色を持って広がっていった。 息が止まるかと思うほど驚いた。

セキは花が咲いたのを見たのは今日が初めてではないと言っていたが、これほどシキタク鮮やかに広い範囲で見たのは初めてだと言っていた。 ちゃっかり、紫揺がウダから聞いてきたシキタクという言葉を使っていた。

「色沢か。 懐かしい言葉だ」

北の領土の子守歌。

~尖山の向こうにはー、色沢鮮やか花乱れ~

尖山とは今の今まで北の領土を囲む山々の事かと思っていた。 だが

「その山とは、人の心の中にある山の事だろうか」

セキ達を見る。
ガザンがニョゼの周りをウロウロしながら、何度もニョゼの匂いを嗅いでいる。 吠える様子はなさそうだ。 そのガザンのリードを引っ張るセキ。 紫揺はガザンの身体を抑え込もうと必死だ。 だがガザンは二人の力にビクともしていない様子。 そして嗅がれているニョゼはといえば、顔を引きつらせながら片方の掌でもう一方の掌を握り口元で合わせている。 ピクリとでも動けば噛まれると思っているようで微動だにしていない。

「私が行っては余計にこじらせるだけか・・・」

目の先で二人の女性と女の子が困っている、しかも相手は土佐犬だというのにどうしてだか笑みがこぼれる。


古参が目を剥いて叫んだ。

「トウオウ様! またお部屋を抜け出されて!」

ちょっと目を離したすきに部屋から居なくなっていた。 セノギが部屋を訪ねて来て、その後いくらもしない内にアマフウもやってきた。 三人で少し話すとセノギが部屋から出て行った。
その後を追うように中座をし、セノギに身体はもういいのか? と念を押しながら少し一緒に歩いた。 その後、お付きの男の部屋に戻り、トイレに行って戻ってきたら部屋がもぬけの空だった。 トウオウの傷を案じているアマフウが連れ出したとは思えない。 ではどこに?

部屋を飛び出そうとした時、そのドアが開いた。 若いトウオウ付きだ。

「トウオウ様が居られない!」

「え?」 キョトンとしている。

「どこに行かれたか知っているか!? と聞いておるのだ!」

「あの・・・。 今日は病院に行く日ですので外でお待ちです」

「は?」

「車の中でお待ちです。 それでお呼びしてくるようにと・・・」

待てど暮らせどやって来ない爺を呼びに来たということであった。

「・・・あ」

失念していた。 そうだった。 今日は抜糸に行くのだった。 朝から言っていたのにすっかり忘れてしまっていた。

「耄碌(もうろく)してきたか・・・」

「はい?」

罪のない問い返しが返ってきた。


「爺のやつ! 何やってんだよ!」

後部座席に座って一人イライラしているトウオウ。 その窓がノックされた。

「あれ? アマフウ」

窓を開ける。

「なに? どうした?」

「くくく、セイハの顔ったら見ものだったわよ」

窓から見ていた時、セイハの姿がチラッと見えていた。 気になってセノギが出て行ったすぐ後にアマフウも部屋を出て回廊に潜んでいるセイハの姿を見ていたのだ。

「へぇー、シユラ様か?」

「ええ。 今回は大したものだったわ」

「それは残念。 見たかったな。 で、本人的にはどんな様子だった?」

「勝手にそうなったって感じね」

「たぁー、またかよ」

「でも今回はニョゼが一緒だったから、何かしらのアドバイスをしているはずよ」

「へ? ニョゼが一緒だったのか?」

「ええ。 ニョゼをアノコ付きにしたわ。 これで当分はアノコも動かない筈だし、動きにくくなったはずよ。 誰かさんの爺が要らないことを言ってくれたみたいだから、いつアノコが動くか分かったものじゃないからね」

後ろから走ってくる音がする。 振り返ると走っているつもりだろう爺が、それなりに走ってきている。 その後を若いトウオウ付きが早足で歩いている。

「あら、噂をすればナントカね。 じゃ、大人しく抜糸されてきなさいね。 暴れるんじゃないわよ」

「んなことするかい。 すぐに帰ってくる」


ポチャン。
久しぶりの湯船。 ニョゼに髪の毛を切ってもらって、そのまま風呂場に連れてこられた。 風呂の用意もニョゼがしたものだ。

シャンプーをすると洗いやすかった。 タオルで拭く。 これまた簡単に拭きあがる。 とは言えタオルドライだけでは済まないが、ドライヤーが随分と楽に終えるだろう。

チャポン、チャポン。
湯船の中の湯で遊ぶ。
チャポン、チャポン。

「・・・淋しい」

独り湯が。 とはいえ、まさかニョゼと一緒に入ってほしいなどと言えたものではない。

「ニョゼさんが目の前に居ないだけでこんなに淋しいなんて」

紫揺の髪の毛を切った後の片付けが終わり、紫揺の着替えを出そうとした時、何か異変を感じた。

「え? なにかしら・・・」

辺りを見回すが何も変わった様子はない。 と、部屋の電気が一瞬消え、すぐに点いた。 先ほど感じた異変は部屋の中を背にしていたときに、同じようなことが起きたのかもしれない。

「接触が上手くいってないのかしら」

部屋の中を覗き込み見上げて言うと、着替えを手にクローゼットを出た。
洗面所のドアを開ける。 その奥が風呂場になっている。 と、風呂場の電気が点いていない。 勿論この洗面所の電気も消えている。
パチンとスイッチを押すが電気の点く様子がない。 パチンパチンと繰り返すが風呂場も洗面所の電気も点かない。 すぐに壁に取り付けてあった懐中電灯を手にしスイッチを入れる。

「シユラ様?」

風呂場に向かって呼んでも返事がない。

「失礼いたします」

風呂場の戸を開け中を照らす。 洗い場に紫揺の姿がない。 浴槽を照らす。 ニョゼが目にしたのは、紫揺の身体が頭が何もかもが浴槽に沈んでいる姿である。

「シユラ様!!」 

懐中電灯を放り投げ浴槽の中の紫揺の肩を掴んだ。

「わっ!!」

突然浴槽から紫揺の顔が出てきた。

チカチカと何度か明暗を繰り返すと、風呂場にも洗面所にも電気が点いた。
急に肩を掴まれて驚いた紫揺が浴槽の横でフリーズしているニョゼを見た。

「わ、ニョゼさんだったの。 ビックリした」

「な・・・何をしておいででしたのでしょうか・・・」

表情筋が動いていないように見える。

「あ、えっと。 潜ってたの」

「潜って・・・?」

ヘナヘナとその場に沈み込んでいく。

「ど! どうしたのニョゼさん!」

「・・・シユラ様、コンディショナーの後に潜られたのですか?」

いや、そんなことはどうでもいい。 だが余りの安堵にそんな言葉しか出てこない。

「あ、そう言われれば。 もう一度するね」

自分を落ち着かせるために、フゥっと息を吐いたニョゼがしゃがみ直す。

「次に入浴される時にはシャンプーの前に頭皮マッサージをいたしましょうか?」

「わ! 気持ちよさそう」

「では、お着替えを籠に入れておきましたから、着替え終わられましたらお呼び下さい。 ドライヤーをお手伝いいたしますので」

「うん」

そうだった。 ホテルに居る時にはいつもニョゼがしてくれていたのだった。 自分でするといつもどこかが撥ねていたけど、とっても上手に髪の毛を梳いてくれる。

風呂場から洗面所を抜けてヨロヨロとニョゼが歩く。 額に手をやり今にもどうにかなりそうだ。

「腕白坊主って、このことかしら・・・」

まだ子供を産んだことはないし、伴侶が居るわけでもないが、己の手の中に輝ける腕白坊主が居るような気がした。

「ああ、そんなことは無いわ。 シユラ様を腕白坊主などと・・・」

己の考えに叱責する。

「分かっておられないだけの事」

ヨロけた身体を椅子に預けると、つと顔を上げた。

「分かっていただかなくては」

そうでないと紫揺が壊れてしまう。


「冷たいお茶でよろしいですか?」

湯上りのイッパイ。 ビールならず冷えすぎていない飲み頃のお茶。

「はい」

そっと出される冷茶用の湯呑。
この屋敷に来て身の回りの事は自分でしていた。 風呂の湯を張るのも着替えを用意するのも、喉が渇いた時に茶を淹れるのも。
人に淹れてもらった茶は美味しい。 特にニョゼの淹れる茶は格別だ

「美味しい」

「有難うございます」

ニョゼが相好を崩す。
ニョゼに対して殿様然としている気はない。 だが・・・このままニョゼに甘えていていいのだろうか。 思案しながらも美味い茶を啜る。

「シユラ様? よろしいでしょうか?」

「はい?」

クリっと黒い瞳をニョゼに向ける。

「先程・・・シユラ様が湯船にお浸かりになっておられた時のことですが」

「あ、もしかして潜っていた時ですか?」

「はい。 その時にお風呂と洗面所の電気が消えました。 この部屋の電気も一瞬ですが消えました」

「え?」

「お心当たりは御座いませんでしょうか?」

「・・・あ」

「何かございますか?」

「・・・」

心当たりがハッキリとある。 風呂に浸かっている時にニョゼが居なくて淋しく思った。 そんな自分を情けなく思うと涙が出た。 だからその涙を出なかったことにしようと、湯の中に顔を入れた。 湯の中であれば涙など流れてこないのだから。

「電気が消えたんですか?」

「はい。 接触不良かもしれませんが・・・」

ニョゼが言いたいことは分かる。 一つ所なら接触不良も考えられるだろう。 だが先ほどのニョゼの話では三か所で異常が起きたらしいのだから。

「・・・私のせいかもしれません」

「シユラ様?」

「お風呂に入って・・・色んなことを考えました」

ニョゼに此処、風呂場に一緒に居てもらいたかったと思ったなどとは余りに稚拙で言えない。

「それは?」

「・・・淋しさを覚えました」

それは正直なことだ。

「シユラ様・・・」

紫揺の力は寂しさからも出るのか。 力がどんどんと膨らんできているかもしれない。 それに紫揺が追いついていないのかもしれない。 紫揺の座る椅子の横で膝を折った。

「シユラ様、感情のコントロールをいたしましょう」

「え?」

「感情は意とせず出ます。 ですがシユラ様におかれては、それが電気系統にも自然にも現れる様で御座います」

「破壊にもですか・・・?」

思わなかったことを紫揺が言った。 だがそれも射ているであろう。

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