大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第120回

2020年02月10日 21時53分56秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第110回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第120回



ゆるりとした時が流れる。 ショウジがおもむろに立ち上がると角灯に油を注いだ。

『して、マツリ様は想い人とはどうしておられるのですか?』

『だから、そのような者はおらん』

『では、先ほどどうしてお顔を赤くされたのでしょう?』

どこかおかしい。 同じ歳の者同士で話そうと言ったのに、それならばこういう話になっても良い筈なのに。 頑なに居ないと言っているのが腑に落ちない。

『・・・それは。 ・・・俺にも分からん』

眉を顰めて首を傾げる。

『もしや? 想い人と意識をされておられない?』

油を注ぎ終った手を止め、目を丸くしている。

『・・・え?』

どういう意味だと言わんばかりに、何とも間抜けな顔をショウジに向ける。

あたたた、と、額に手をやると、どうしたものかと考える。 火を点けていいのか、マツリに気付かせることが良いのか悪いのか、もとより本領においてその様なことをされては困るのか。 そうであったとしても、今ここで話が無かった事には出来ない。 同じ歳の者同士としての会話なのだから。 それをマツリが欲し、己もそう欲したのだから。

――― マツリ様は恋をしておいでです。 初めての時にはそうと気づかないこともあります故 ―――。
そう言いたかったが本領のことが分からない。 迂遠な言葉でしのぐしかなかった。

『・・・マツリ様。 マツリ様のおられる周りをもう一度よく見て下さいませ』

『どういうことだ?』

まさか、そんな返答がくるとは思いもしなかった。

『その・・・マツリ様の、まわりに・・・マツリ様の、その・・・お気になるお方がいらっしゃるかと』

『気になる?』

『はい』

『それはどうすれば分かるのだ?』

とことん純だ・・・。 純すぎる・・・。 こめかみを人差し指でグリグリと押す。

『その方を見ると・・・心が。 ・・・そう、心がはねます』

『心がはねる?』

疑問を投げかけられた。 今までに心がはねなかったということか。 他の言葉を考える。

『そうですね。 他の言い方では、胸に何かが刺さったような思いをします』

『刺さった?』

そんな覚えなどない。 だが

『・・・あ』

『お心当たりが?』

『姉上が祝言を上げるようだ。 その話を聞いた時には・・・』

グッと歯を噛みしめたのをショウジは見逃さなかった。

『マツリ様?』

そう声を掛けると椅子に座り、握り締められたマツリの手を取った。
ショウジの行動にマツリは一顧だにしない。

『マツリ様。 シキ様がご祝言を上げられるのは、この上なくお目出度いことであります。 でもマツリ様はそれを良しとなさらないのですか?』

マツリの想い人はシキだったのか、これは難しい。

『・・・何も聞いておらなかった。 リツソが言うには当たり前に分かるらしいが・・・』

滝に打たれる前ならば、これ程穏やかに話せなかっただろう。

『リツソ様とは弟君にあられますね。 リツソ様は恋に利発でおられるようですね』

『リツソも恋をしているからな』

あの小生意気な娘に。 その娘が東の領土で何十年も探している紫とは未だに思えないが。

『そうなのですか! 恋はいいものです』

『そうなのか?』

『色んな想いや感情を教えてくれます。 ですが・・・』

シキに恋をしてはいけないと言うに言えない。

『シキ様のご祝言はお目出度いこと。 ・・・シキ様の弟君として祝福をされるのが、何よりもシキ様のお幸せだと思います』

『姉上のお幸せ?』

『はい。 マツリ様がシキ様を想っておられるのならば、シキ様のお幸せを一番にお考えになるのがシキ様のお幸せかと。 強いてはそれがマツリ様のお幸せに繋がるかと』

『・・・そうか。 そのようなものなのか・・・』

ショウジから目を離して土間を見た。
己の怒りをぶつけたことを反芻する。 いや、その時には怒りをぶつけたなどとは思っていなかった。 何も聞いていなかったのに、急に婚礼の儀などと言われ、何が何か分からなくなった。 シキからも祝言の話どころか、波葉(なみは)の話も聞いていなかった。

だが思い起こせば、宮の庭を二人で歩いている所を何度か見た。 だから単に波葉と話しているだけと思っていた。 シキは東の領土で沢山の民と話している。 それと同じだと思っていた。
でも、違った。
それをリツソに指摘された。
リツソに指摘されたことなど、今はどうでもいい。 己が何も気づいていなかったということに、腹立たしさを持った。

『俺は・・・姉上のことを何も分かってなかったのか・・・』

『マツリ様、そのようなことは』

その時にキョウゲンの声が聞こえた。



「マツリ?」

朝食の席で、マツリがまるで刺身を醤油につけるように焼き魚を湯呑につけた。

「・・・あ」

「どうしたの?」

四方と澪引が姉弟の動向を見ている。 ついでに言うと、リツソは元気に食べながら見ていない振りをして四方と澪引よりずっと観察をしている。

「・・・姉上」

「なぁに?」

「先だっては不躾なことを言って申し訳ありませんでした」

リツソの箸が止まる。 四方と澪引が目を合わせる。

「不躾?」

「波葉との御婚姻、御目出とうございます」

「まぁ! いやだわ。 マツリったら急に・・・」

ポッと頬を染める。
姉上の頬が赤くなった? ショウジの時と同じように。 それ程に波葉のことを想っているのか。
今は自分が赤くなったと聞かされたことなど頭の隅にもない。

コホンとわざとらしい咳払いをした四方。

「ま、まぁ、マツリがそう言ってくれれば、シキも安心して婚礼の儀にのぞめるだろう」

「父上まで・・・。 もう、朝からよして下さい。 それにマツリ、まだ婚姻はしておりませんよ」

「まぁ、シキ、なんてことを言うの」

「母上、人の心などはどう動くかなど分かりません」

「ちょっと待ってちょうだい。 それはシキに何かがあると言ってるの? それとも波葉に?」

リツソの耳がどんどん大きくなる。

「何かがあるとは申しておりません。 人の心は何時、虚ろになるか分かりませんから」

いわゆるマリッジブルー絶好調のようだ。

「シキ、深く物を考えるのではありません。 心のままにいなさい」

「そうだぞ。 波葉はシキのことを心から想っておるのだから」

領主の娘を、それも第一子を嫁に貰い受けたいという波葉。 決して領主筋ではない単なる文官。 それは半端な覚悟で言えるものではない。 それをシキの父上であり、本領領主である四方に申し出たのだから。
波葉の血筋は問えるものではない。 それ以前だ。 だが四方から見ても、申し分のない心根の持ち主であった。

代々の血筋を考えての婚姻など目の端にも置いていない四方。 その四方自身も血筋を全く無視して澪引を奥に迎えた。 有難くも父親である今のご隠居か澪引を気に入って難なく奥に迎えることが出来た。

その波葉とは随時話をしている。 その話からシキの側付きである昌耶(しょうや)に、忙しくしているシキを止めて波葉と会わすように下知さえしていた。

「ええ・・・分かっています。 マツリ?」

「はい」

「有難う」

この上なく幸せな顔をマツリに向ける。 その顔を見て己の不躾を一蹴してくれたのかと安堵した。

「兄上はそれでいいのですか?」

思わない所から声が出た。

「は!?」

隣に座るチビッコイ弟を見た。

「兄上は姉上のことを、心より想っていたのにそれでいいのですか?」

「何を言っているのか?」

「姉上を波葉に取られてもいいのですか? と訊いております」

シキも然り、四方と澪引も目を丸くした。

「姉上が・・・ここから居なくなっていいと申しておられるのですか?」

「は? お前は姉上と波葉のことを見ていればわかると言っておったな?」

「はい。 姉上も波葉も好き合っている、それは分かっておりました」

「では、それでいいのではないのか?」

「はっ!? なにを仰います? 兄上はそれでいのですか?」

「意味が分からん」

「姉上が他の男の元に行くのですよ!?」

「お前・・・もしかして、あの娘のことを言っておるのか?」

「あの娘ではありません! シユラです!」

「ああ、そのシユラが、いつどこで誰かの元に行くかもしれないと思っているというわけか」

「シ! シユラは我と夫婦(めおと)になります! 他の誰の元にも行きません!」

「そうか」

「そうかではございません! 兄上はシユラを探していると仰いました。 シユラはまだ見つからないのですか!?」

「リツソ、ごめんなさい。 私から視ても分からないの」

思わぬ方向から答えが返って来た。 マツリを挟んでシキとリツソが座っている。 マツリの隣から覗き込むようにシキが言った。

「姉上が視て下さったのですか?」

「ええ。 父上からリツソが迷子の娘に心を寄せていることを聞いたわ。 でもどうしても視えないの」

「姉上に視えない?」

「ええ。 リツソが娘に心を寄せているそれ以外に・・・、シユラと呼ばれる娘は私の、東の領土がずっと探していた紫なの」

「え?」

「お前の言うところのシユラは、姉上が心傷めておられる東の領土の紫だということだ」

「はへ?」

リツソの反応を後にしてマツリが四方に向いた。

「北の領土の狼たちには散々探させました。 ですが姉上さえも分からないのであれば、狼たちにも探し当てることは出来ないと思い、娘を探させることを止めさせました」

「狼からのそれなりの報告は?」

「見つからない、それだけです」

「そうか」

眉間に皺を寄せると箸を置き腕を組んだ。

「兄上? なにを申しておられるのですか?」

「だから・・・、あの娘が今も見つかっていないということだ」

「ハクロとシグロの怠慢ですか!?」

「そのようなことは無い」

どうしてもっと先を見て何某かを訊けないのか。 横目で見ると続けて言った。

「リツソ、勉学はどうしておる」

「なんですか、急に。 励んでおりますとも」

「そうか」

もっと厳しくするように師に言わねばならんか、とリツソから目を離した。

「父上、シユラをどうするのですか?」

藁をもすがる様な目でシホウを見た。

「見つけて東に帰す」

リツソが目を大きく見開いた。 それと同時にこの場に座する女二人の声が重なった。

「四方様!」 「父上!」 二人が目を合わせると澪引が続けて言う。

「もう少し違う言い方がありましょう?」

「こういうことは、はっきりと言った方がリツソの為だ」

ウッ、ウッ・・・と小さな声が聞こえる。
シキが席を立ちマツリの後ろを通ってリツソの元に屈む。

「リツソ泣かなくていいのよ。 東に連れて行く前にリツソに逢わせて頂けるよう、わたくしからも父上にお願いしますから。 ね? 泣かないで」

そっと袖で涙を拭いてやる。

「ビッ、ビッ・・・ヴワァーン!」

とうとう大泣きしてしまった。
シキとマツリが目を合わせる。 マツリが困ったものだと言いたげに苦い顔を見せる。

「マツリ、悪いが・・・」

四方がマツリに顎をしゃくってみせる。 連れて出てくれということだ。
マツリが席を立つと 「姉上、失礼いたします」 と、屈んでリツソの涙を拭いてやっていたシキに声を掛け、リツソの後襟を持って部屋から出て行った。
後襟をつかまれても反抗することなく、身体をダラリとして大口を開けて泣いているだけであった。

マツリとリツソを見送った澪引からシホウが非難の目を向けられる。

「あの声には・・・なぁ・・・」

「そういうことではございません」

ご隠居の次になるとは思うが、誰よりもリツソを可愛がっているのは分かっている。 だが珍しくも四方に対してプイと横を向いた。
リツソの声が段々と遠ざかるのが耳に入る。

「父上・・・」

「なんだ」

「どうして紫の居所が分からないのかが、解せません」

「霞がかかったようだと言っておったな?」

「はい」

「ふむ・・・。 わしにはシキような力があるわけではないから、示唆することさえも出来ん・・・が、今日マツリが北の領主の所に行くそうだ。 その具合を見て良いようなら、もう一度会ってみるか?」

「是非とも。 紫が視られなくとも、話をするだけでも何かが視えるやもしれません」

「話か・・・話が出来るかどうかは分からんが、その旨マツリに伝えておこう」

「はい」


リツソの後襟を持って回廊を歩くマツリ。 リツソは未だに大声で泣いている。 マツリが一人で回廊を歩いている時には誰もがマツリに挨拶の声を掛けるが、リツソの泣き声を聞いては誰も何も言わない。 マツリに道を開けるだけである。 だが一人だけ声を掛けてきた。

「これは、リツソ様いかが為されました?」

リツソに勉強を教えている初老の男性だ。
これからリツソの部屋に行き、勉学の準備をしようと思っていたのだろう。 手にいっぱいの手本を持っている。
声を掛けれられても、ただ泣いているだけのリツソ。

「如何なされました?」

今度はマツリに訊いてきた。

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