大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第12回

2021年11月19日 22時43分30秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第10回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第12回



宮に降り立ったマツリ。 すぐに目当ての人物を探すが見当たらない。

「簡単には探せんか」

宮は広い。

「アイツを待つしかないか」

独り言のように言うマツリにキョウゲンが苦言を呈する。

「紫で御座いましょう。 言い慣れておられないと、つい出てしまいます」

お前と言っていたのを肩の上で何度も聞いている。
マツリが口を歪めると何かを思い出したように、そうだ、と言いながら四方の執務室に足を向ける。

「東の領土で飾り石の話をし終った時、領主の元に戻ったアイツ―――」

「紫で御座います」

マツリの言葉にキョウゲンが重ねてきた。 マツリが片眉を上げる。 こんな風に言えるのはキョウゲンくらいだろう。

「・・・紫を待とうかどうか迷っていた時、紫がかなり慌てていたようだがもういいのではないかと言ったが? あれは後ろを見ていて計算ずくで言ったのか?」

「そんなところでしょうか」

ナイスタイミングであった。 キョウゲンに跳ぼうとした時に紫揺が 『帰るんじゃないわよー!!』 と叫んできた。
キョウゲンに乗ってからでは遅い。 蹴り上がっていては後に引けないところであったし、マヌケのように待っているのも白々しかっただろう。
あのタイミングのお蔭で領主に念を押すことが出来た。

肩に止まるキョウゲンを目の端に映す。

「つくづく俺は父上に良い供を選んでいただいた」

あの時だけに限らずだが。

「恐れ入ります。 それもこれも、マツリ様のお言葉があってのことで御座います」

たしかにリツソではここまでキョウゲンを引き上げられなかっただろう。 現にカルネラがあの状態だ。
マツリが歩を進める。

「マツリ様がお見えで御座います」

まだ顔色の悪い四方の側付きが、細く開けられた襖に耳を傾けたあとに四方に言った。 四方がまだ顔色の悪い側付きを見て僅かの溜息の中で頷く。

この側付きの顔色の悪さは四方が気に留めているだけではなかった。

『おや? どうした、顔色が悪いが』

回廊を歩いている時、朱禅に呼び止められた。
朱禅は頭の回転が速い。 その朱禅は言ってみれば己の師である、だがリツソのことを知らない。 朱禅に知られたとて困る話ではないが口止めをされている。 下手なことを言って知られては困る。

『どうも最近寝付けませんで。 歳で御座いましょうか』

『私よりも若い者が何を言っておりますか、薬草師に言って寝つきのよくなる薬湯を出しておくように言っておきましょう』

『かたじけございません』

『体に無理があるようなら四方様に申し出て少し休ませて頂きなさい』

『有難う存じます』

『くれぐれも無理をせぬように。 四方様には失礼な言い方にはなりますが、あなたあっての四方様と考えて行動するよう。 それほどに四方様にとって必要なのですからね』

言って頂いた事に有難く思いながら、リツソのことを隠していることに頭を下げながら 『はい』 としか言えなかった。

四方の斜め左右には二人の官吏が付いて、同じように書類に目を走らせている。
机の上の書類が一向に減らない。 四方が手を置く。

「失礼いたします」

「どうだった」

肩が凝ったのか、首をまわしている。

「姉上の宮帰りは父上の仰る通り、まだ早いということに致しました」

そこでいったん切る。 でなければ話が伝わらないだろう。
なんのことかと四方がピクリと眉を動かしたが、そのまま首をまわす。

「東の五色を姉上の話し相手に呼びました」

「そうか」

まわしていた首を止め、今度は左右に首を傾けボキっと大きな音を鳴らす。

「姉上の所に行ってもらわねばなりませんので、領主と ”古の力を持つ者” には控えてもらいました」

「紫一人というのか?」

「岩山まで我が付いておりましたが、岩山からは見張番に任せて我が先に飛んで来ましたのでまだ着かないかとは思いますが、姉上の所に行く前に父上への挨拶がありましょう。 その・・・時はございますでしょうか」

山のように積まれている書類に目をやる。 わざとらしく。

「ああ、少しの時くらいは何ともない」

「お疲れで御座いましょう。 少し休まれてはいかがですか?」

四方を見てから二人の官吏にも目を移す。

「そうだな・・・。 少し茶でも飲んで休むとしようか」

襖の前に座していた側付きが襖を開けると外に居た従者にその事を告げる。

この四方の側付きはリツソのことを知っている。 だが今日は地下の様子をまだ見ていない。 この側付きが信用するに値するのかはまだ分からないし、もちろん四方の斜め左右に居た官吏にも疑いを持たずにはいられない。 この官吏たちは見張番の長である剛度と接点は無いが、剛度が言った官吏だけとは限らないのだから。

「二人とも疲れただろう。 茶でも飲んでくるとよい」

左右に座っていた官吏が書類の山を見てから息を吐くと席を立った。
さっきマツリが官吏を見たのを察してくれたようだ。

「姉上が宮帰りを言い切られなくて良う御座いました。 宮に帰って来られればリツソのことが姉上に知れて、母上のみならず姉上まで涙に暮れましょう」

官吏を遠ざけたのにまだマツリが警戒を解かない。 己の側付きにも警戒しているということか。
それは四方にとって心外であった。 四方は側付きを疑う気などさらさらなかった。 四方とこの側付きには長い歴史がある。 だが現状動いているのはマツリだ。 今はマツリの思うように従うしかない。

すぐに襖が開いて茶が用意された。
執務机ではなく長卓に茶が置かれる。 四方とマツリが長卓についた。
茶を持ってきてから下がろうとした女官をマツリが止める。

「たしか以前、姉上に付いておったな」

「はい」

「もう少しすれば東の領土の五色である紫が来る。 ずっと紫に付いていた者がおったであろう、二人ほど。 その者達を呼んでくれるか」

マツリが探していた女官である。 探す手間が省けた。

「畏まりました」

盆を手にした女官が下がっていった。

「姉上の所に行くときには紫にその者たちを付かせましょう」

四方が頷く。

「母上のご様子は?」

四方が側付きに目を移す。 側付きが頷き襖をあけて出て行った。 このような内容であるならば、襖の外に座る従者に言うのではなく、側付き自らが澪引の様子を見に行くのは分かっている。

「何があった」

声を潜めて言う。

「見張番だけではなく官吏にもいるかもしれません。 父上には申し訳ありませんが、一度地下に行って、まだ地下の者がリツソを探しているようなら、少なくとも父上の側付きと、あの時リツソを見た者は信用できるかと」

「官吏が・・・」

「その者が見張番の人数を増やしたようです」

「なに?」

「官吏からの命で見張番が二人増えたようです。 随分と前に一人、そして最近に一人。 ご報告はありませんでしたか?」

四方が腕を組む。 無かったということだ。

「今日は一人、新しく入ったという者をこの目で視てきました。 その一人は確定かと。 残念ながら全員を見ることは叶いませんでした」

あの時、見張番と話した。 その間に見張番の目の奥を見ていたということだ。
魔釣の目はしっかりと視なければ、禍つものか怒りや邪心かは見分けがつかない。 人は誰でも怒りや邪神を持っているのだから。 それを見るために見張番にしろ四方の側付きや官吏にしても、何の会話もなくじっと目を見るのは不自然なことである。

「紫を誰にもわからずリツソの所に連れて行きたいのですが、それにはさっき申しておりました姉上に付いていた者がよろしいかと。 あの者たちはまずまず大丈夫でしょう。 我から話しておきます」

「見張番を増やした官吏のことはこちらで探っておく」

「宜しいのですか?」

書類の山に目をやる。

「また六都(むと)で大きなことがあったようだが、何とかなるだろう」

失礼いたします、と襖の外から声が聞こえた。 入ってきたのは “最高か” であった。
そのすぐ後に四方の側付きが入ってきた。 “最高か” が身を引く。

「お方様におかれましては・・・」

側付きが頭を下げた。

「まだ、ということか」

四方が言うと、マツリが口を一文字にする。
その様子を見ていた “最高か” がどうしたものかと互いに目をやる。

「ああ、すまない。 名はなんという」

「彩楓(さいか)に御座います」

「紅香(こうか)に御座います」

「彩楓、紅香、あと少しすれば紫が一人でやって来る」

“最高か” の目に星が宿ったように見えたのは気のせいだろうか。

「父上に挨拶を済ませたら姉上の所に向かわせる。 紫に付いてやってくれ」

キャ! っと聞こえたのも気のせいだろうか。

「紫は馬に乗ってやって来る、まずは着替えをさせてやってくれ。 それと・・・紫も一人では心細いであろうから門で待ってやってくれ」

絶対に心細くなど思うはずはないと思いながら口にする。

“最高か” が「畏まりました」 と深く礼をすると部屋を辞した。 二人が見つめ合うと互いに頷く。 無言の頷きは門へ紫揺を迎えに行く者と衣裳を用意する者とに分かれるということである。
官吏たちも茶を飲み終えたのだろうか、部屋に戻ってきた。

「では再開をするか」

四方が上げたくないであろう腰を上げる。

「お邪魔をいたしました」

「たまにはこうして休みを入れる方がはかどるだろう。 これからは詰めてばかりも考えものだ」

「ご無理をされませんように」

「ああ、ではリツソのことは頼んだ」

もし官吏が地下と繋がっているのであれば、今からリツソを探しに行くということを官吏たちに聞かせているのだろう。 そして側付きは地下と繋がっていようがいまいが、リツソが宮に居るのは知っている。 四方の言葉にどう動くかは、この側付きの立ち位置で変わるだろう。

はい、と応えたマツリが部屋を辞し門に向かう。 その足取りは早い。

「マツリ様」

内門の番の者の声に彩楓が振り返る。 するとついさっき別れたはずのマツリがこちらに向かって歩いて来ているではないか。

彩楓を過ぎ内門番の近くまでやって来た。

「門番、もう少ししたら東の領土の五色が見張番と共に一人でやってくる。 すぐに門を開けるよう」

「承知いたしました」

門番に告げるとマツリが振り返る。

「彩楓だったな、もう一人は」

「紫さまの御衣裳をご用意しております」

「そうか。 どこに居る」

「衣裳部屋に御座います」

そんなところに男は入れないし、マツリがそんな所の近くにも行けるはずがない。

「少しこちらに」

門番から離れた所に彩楓を呼ぶ。

普通の者なら、マツリに名を訊かれただけで驚くだろうし、こちらに来るようにと言われれば男なら身が引き締まり、女でマツリに憧れている者なら耳まで赤くするだろうし、そうでなくても常から硬い表情をしているのだ、何事かと心臓を撥ね上げるか身を強張らせるだろう。 だが彩楓のハートは紫揺に向いている。 マツリに呼ばれたからと心臓を撥ね上げることもなければ、身を強張らせることもない。

「先ほどの話しは真実ではない」

小声で言うマツリに彩楓が目を何度かパチクリとさせる。

「紫は来るが姉上の所には行きはせん。 父上に挨拶を済ませた紫をさも姉上の所に行くように見せ、誰にも見つからぬよう作業所(さぎょうどころ)の作業房へ連れて行ってくれ。 そこに薬草師か医者がおる。 紫を会わせるようにと我から言いつかったと言えば、あとの事はどちらかがやってくれる」

何がどうして、などと問うこともなく彩楓がコクリと頷く。

「よいか、絶対に誰にも見つかるのではない。 父上は何もかもご存知だ、父上が何かを仰られればそれに合わすよう。 それと紫には何を見ても大声を出すなと言っておくよう。 あと一人・・・紅香にも伝えおくよう」

彩楓がもう一度頷く。

「我が戻ってくるまでそのまま作業所に居るよう」

「承知致しました」

「では頼む」

他出着に草履というおかしな格好をして足早に戻っていくマツリに頭を下げて見送った。

見送られたマツリ、次に誰にも見つからないよう作業所に足を向け、医者に紫揺のことを話すとすぐに作業所を離れ回廊を歩いた。
自室の前に置かれていた長靴を履く。 キョウゲンがマツリの肩から飛び立ちマツリが勾欄を蹴り上げた。



「よう、景気はどうだ?」

何をすることもなく、路地に座り込み乾燥した薬草を砕いて紙で包んだ乾燥草を吸っている男に声を掛けた。

「いいわけ無いだろうが」

「宮のリツソって知ってるか?」

「ああ、ろくでもねぇーって噂わな」

男が煙を一口吸い、その煙を吐き出しながら言った。

「見たことは?」

「んなもん、あるわけねーだろ」

「そうか。 明るい黄緑の水干を着たこれくらいの背丈のを見なかったか?」

背丈を現した手の高さはかなり低い。

「水干? そんなものを着てたら今ごろ身ぐるみ剥がされてるだろーよ、知らねーよ、そんなチビ。 第一そんなチビがここに居るはずねーだろうよ」

「知らないか。 ・・・城家主が人を雇ってるぜ」

「は?」

「そんなにはならないが、酒は呑めるぜ」

「本当の話しかよ・・・お前は?」

疑いの目を向けてくる。

「当たり前だろう」

穴銀貨を三枚見せた。

「三枚かよ」

「目当てのヤツを見つければ金貨十枚らしいぜ」

地下でそんな大金を持っている者などいない。

「ウソだろ!? さっき言ってたリツソか?」

「自分の目で確かめな。 城家主の屋敷だ」

男が吸っていた乾燥草を投げ捨てその場を走り去って行った。

「火くらい消していけよ」

俤(おもかげ)が草履で火を消す。

「アイツも城家主の隠れ手下(てか)じゃなかったか」

頭をがしがしと掻く。
俤は今、城家主の隠れ手下を探していた。 噂では城家主の隠れ手下が屋敷を離れて、あっちこっちに散っていると聞いている。 噂をどこまで信じるかは難しいところだが。
“隠れ” と言われるからには、相手はいつも堂々と城家主の手下としているわけではないだろう。 探すのに苦労する。

マツリに言われていた、どの見張番が地下と繋がっているのかを訊きだしたいが、リツソが居なくなってからというもの、手下たちが上手く捕まらない。 目先を隠れ手下に移したのだが、なかなか上手くいかない。

「アイツで何人目だ・・・」

ため息が出てくる。
そこにポンと肩に手を置かれた。

「よう」

横を見ると何度か視線を送ってきていた奴が立っていた。 己のことを怪しんでいるのかと思っていた相手だ。
とうとう声を掛けてきた。 緊張が走る。

「なんだよ」

先走ってはいけない、肩に置かれた手を撥ねる。

「しけたツラしてんな」

「ほっとけ」

「金がないなら城家主が人雇いをしてるぜ」

さっき自分が吐いた言葉と同じことを言う。 この男はいったい何者だ。 己の正体がバレているのなら、それなりに考えなければいけない。 だが出来るならば何事もなく終わらせたい。 このままコイツを探るしかない、喋らせるしかない。
怪訝な目を送り穴銀貨三枚を見せる。

「なんだよ、知ってたのか。 で、見つかったか?」

「見つけてたら、こんなとこに居やしねーよ」

「それでしけたツラか」

「お前も探してるってわけか?」

「まあな。 穴銀貨三枚でブラブラ」

「探す気はないってのか? 見つければ金貨十枚だってのに?」

「リツソを見つけた奴を偶然にでも見つけられればいいんだがよ」

「はぁ?」

「そいつをボコってオレがリツソを見つけたことにすればいいだけだ」

そんなことはこの地下では珍しくもない。

「へぇー、だが俺が見つけた時には諦めな。 お前にやられる程ボケてねーしな。 俺にかかってくる時には命を捨てる気で来いや」

「なかなかの自信家だな。 それなら城家主の手下にでもなれば、そんな穴銀貨三枚に踊らされることもないだろうによ」

「人の下につくなんざ御免だ」

「へぇー」

疑うような視線を送ってくる。 やはり感づいているのか? それとも。

「なんだよお前。 え? もしかして城家主の手下になる奴を探してるのか? 手下なんて普通で考えればゴロゴロいるだろうに。 金目当ての奴はここにはバカ程いるのに、それでも集まらないってか? 城家主も落ちたもんだな」

「そんなことをあんまり声高に言うんじゃねー。 オレがその手下だったらどうする気だ? 城家主に筒抜けだ。 いくらお前の腕に自信があるからって、何人もにかかられちゃあ、生きちゃいられねーだろが」

「お前は城家主の手下じゃねーって言いたいのか?」

「まぁ、な」

「なんだよはっきりしねーヤツ。 用がないならもう行くぜ。 金貨を頂かなくちゃいけねーんだからな」

路地を出る方に歩き出す。 ついて来いと念じながら。

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