大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第118回

2022年11月25日 21時01分44秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第110回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第118回



夜の静寂(しじま)を四人の男が歩きながら話している。

「ああ、いまだに独り身で仕事が出来て物腰が柔らかい奴、としか入ってこない。 どうして急に大店をやめたのか不思議だったが、ちょっとしてから都司になったと聞いて納得したってことだ」

「六都だけは豪族が都司になるわけじゃありませんからね」

「たしか・・・、学があればと聞きましたが?」

「ええ、その昔、六都の民に豪族が嫌気をさして宮都に言ってきたそうです。 宮都もしぶしぶ承諾したようですね、読み書きが出来れば良いとするかと。 難しいことは文官任せというところでしょう」

「けっ、ろくでもないな」

四人の足が止まった。

「ではお願いします」

杠が巴央を見て言った。 この中でこの家の中を知っているのは巴央だけである。
紙屋としてこの家に出入りしていた店の者から何気に間取りを聞いていて、日中、留守になったこの家に忍び込みもしていた。 間取りは頭に入っているし、杠の指示の元、忍び込んだ時に仕掛けもしておいた。

敷地に入ると横手に回り、ギリギリ巴央の身体が通るという窓に手を伸ばし、隙間に金具を押し込んだ。 カチャリと、鍵の落ちる音がした。 試したことは無かった、杠に言われたとおりにやっただけであった。
少々驚いた顔を見せていた巴央が、通り越してきた木戸の方をチラリと見る。 そこで待っていろということだ。 この窓から入ることが出来るのは身体からして巴央と杠だけだろう。
京也の手を借りて窓に身体を滑り込ませる。

暫くすると音をたてないように、巴央の手で木戸がゆっくりと開けられた。 杠を先頭に京也と享沙が続く。
巴央なりに考えたのだろう、開けられた木戸は廊下の窓の木戸ではなく、一室の窓の木戸だった。 廊下からの出入りより、一室からの出入りのほうが見つかるリスクが少ないと考えたようだ。

杠の指示は事細かくはない。 それは相手の力量をはかりながらではあるが、自分で考えるということが必要だと思っているからである。 その中で少しずつではあるが、誰もが自分なりに物事を考えている感触を感じている。

杠が懐から光石を出し、部屋の隅から天井まで辺りを照らしてみる。 部屋の隅に置かれた光石には布が被されてあった。
この部屋は畳の間になっていて客を迎える部屋なのだろう。 漆塗りの仰々しい卓が置かれている。 
巴央は主が書斎として使っていた部屋に足を向けた。 その後を三人が続く。

書斎として使っていた部屋は大きかった。 書棚もたくさん並んでいて卓もある。 間違いなく都司もここを書斎として使っているだろう。
それぞれが懐から光石を取り出す。 窓の木戸も閉まっているから外に灯りが漏れる心配はない。
杠と享沙が書棚に光石を照らし、巴央が抽斗の中を照らしている。 京也は閉めた戸の前に立ち、家人の動きがないかを耳を澄ませて聞いている。

「・・・うん?」

思わず声が漏れたが、耳を澄まさなければ聞こえないような声である。
享沙が声の主の杠を見る。
杠が目で呼び、次々と奥行きが寸足らずの本を享沙の手に載せる。 その寸足らずの本に享沙が眉をしかめている。 並べて置かれていた本はデコボコとはしていなかったはずだ。

本をどかした杠が奥に手を伸ばすと手応えがあった。 奥から横向けに置かれた綴り紐で綴じられた帳簿らしき物を出してきた。
享沙が眉を上げて口笛を吹く真似をする。 
光石を持つ手で帳簿を脇に挟むと、もう一方の手で手探りをする。 するとまだあるようだ。
顎をしゃくってまだあることを享沙に知らせる。 持っていた本を卓の上に置くと、享沙が次々と本を出し、まだ残っている綴られたものを出してきた。
その間に杠は先に出していた綴られたものの中を見ていた。 間違いなく都司が分け前として手に入れていた金をつけていたものだった。

享沙が本を元に戻そうとした手を杠が止め首を振った。 綴じられたものを持って帰るのではなく元に戻すようだ。
そして次に享沙が持ってきたものに目を移した。 こちらは大店に居た頃に誤魔化していたものが書かれていた。 もう一冊は豪族や他の大店からせしめた金のことが書かれてあった。 おまけにどんな理由でせしめたのかも。

現段階で最後に書かれているのは元のこの家の主であり、何代か前の都司のことだろう。
『都司、官所に知らせることなく弱みを握られた家族を宮都に流す』 と書かれていた。
以前都司をしていた者であり、元のこの家の主である大店の主の名も勿論だが、宮都に流した三家族のその名を一人と漏らさず書いてあった。
この家の以前の主を何度にも分けて脅したようだ。 日付といくら手にしたかの金額が書いてある。 そして最後に書かれていたのは金額ではなく『家一軒』だった。
最初に書かれた日付を見ると六年前であった。 六年間脅されていたということだ。

合計三冊。 それを元に戻すとその前に本を並べてく。 気取られぬよう最初にあった通りに。

抽斗の中を見ていた巴央は収穫無しといった顔をしている。 だがこれで十分だ。 外の音に集中をしていた京也の肩をたたく。
入ってきた時を巻き戻すかのように、都司の家を出た四人の影が家々の間に伸びている。

「持って出なくて良かったんですか?」

「ええ、武官に押さえてもらいます。 その方がはっきりしているでしょう」

「シラを切られちゃ始まらないってことか」

「だがいつまでもあそこに置いているとも限らない。 場所を移したらどうするんだ?」

「まず移さないと思いますが、移したとしてもあの家の中からは出さないでしょう。 あれの存在は確認できました。 場所を移していれば徹底的に武官に探してもらいます」

「武官ねぇ・・・」

「なんだ?」

巴央がポツリと言ったことに、京也が訊き返す。

「いや、まさか生きてて武官がどうのってことがあるなんて考えもしなかったからな」

「ああ、そう言われればそうだな」

「せいぜい、造幣所に武官が乗り込んできた時が最初で最後くらいだと思ってたからな」

「そっちもだったのか。 こっちもだ。 あの時は驚い―――」

「誰か来ます。 分かれましょう」

そう言った時には杠の姿はなかった。 あまりの早さに三人が目を丸めたが、じっとしているわけにはいかない。 自分たちは知り合いではないのだから。
暗闇に三つの影が溶け込んでいった。

翌日、享沙から受け取った紙を見てみると夕べの呑み屋でのことが書かれてあった。

「内輪もめか・・・」

あの話を聞いていた限りそうなるだろう。
内容を頭に入れると火を点けて燃やした。

「もめ事を起こす前に動かなくては」

そして足を厨に向けた。


都司の片眉がピクリと動いた。 顎に手をやる。
キチンとした性格だ、物が歪んで置いてあるのも許せない。 それなのに抽斗がきちんと閉められていない。
巴央の失態だ。
本棚を見た。 変わりはない。 寸足らずの本を一冊づつ取り出す。 何の変りもなく綴り紐で綴じられたものがあった。
三冊を取り出すと視線の先を変え書斎を出て行った。



東の領土に短い夏がやってきた。

「暑っつー」

額にじめっと汗がにじんでくる。
桶に水を張って手巾を潜らせギュッと絞る。 それを此之葉が差しだしてきた。

「有難うございます」

手巾でまず額を拭き、次に首や腕を拭いていく。

「民はいかがでしたか?」

「うん、みんな暑いなかよく働いてくれていました」

今日は農作業をしている民をまわってきた。 暑くなってからは辺境は勿論、遠出もしていない。 馬が疲れるだけだからだ。

「ね、此之葉さん」

「はい」

「香山猫、どうして高山から降りてきたんでしょう?」

うーん、と考える様子を見せた此之葉だったが、思い当たることがないようだ。

「書蔵に何か書いたものがあるかなぁ・・・」

もう何か月も前の出来事だ。 まだ頭にはあの光景が残っているが、やっとあの場面の夢を見なくなった。

「それでしたら梁湶に訊いてみましょうか?」

この領土で一番本のことを分かっている梁湶である。

「うーん、もし知っていたら、とっくに教えてくれてると思います。 梁湶さんも心当たりがないんじゃないかなぁ」

「では明日、書蔵に行ってみられますか?」

「うん、そうします。 なにかヒントがあるかもしれないし」

ヒント。 此之葉が心の中に書き留めた。 あとで葉月に訊こう。


書蔵の中は外と比べるとひんやりとしていて気持ちが良い。 まるで冷房のかかった部屋にでも入ったような気分だ。
重い戸を開け閉めしたのは梁湶である。

「ん? みんな入ってこないんですか?」

「外で見張をしています」

「そんなことしなくても大丈夫ですよ、ここに危ない人なんていないし。 外は暑いんだから入ってきてもらって下さい」

「いやぁ・・・、ここでじっとしてるくらいだったら、外で歩き回ってる方を選びます」

「じっとって、みんなも本を読んでいればいいんじゃないですか?」

「お付きで本を好んで読むのは俺くらいです。 領土史や “紫さまの書” は致し方なく読んでいますが」

「・・・え?」

「本に囲まれるくらいでしたら外を歩く方を選びます。 暑くなれば入ってくるでしょうし、紫さまのお気にされるほどのことではありません」

「そう、なんだ」

「香山猫のことが気になって来られたんですよね?」

此之葉からそう聞いている。

「あ、はい」

「まずは香山猫のことが書かれてある物を見られますか? それとも・・・」

「動物の生態が書かれている本ってありますか?」

「生態? ですか?」

「はい。 あの香山猫っていうのは日本に居ませんよね?」

「はい、おりません」

「猫って言っても大きさからして猫よりもライオン・・・鬣(たてがみ)が無いから見た目が違いすぎるか。 虎とかに似てる生態なのかな」

だからと言って虎の生態を知っているわけではない。 それに縞模様もなかった。

「ああ、そういうことですか。 そういう意味ではライオンでも虎でもありませんね」

「どういうことですか?」

梁湶が歩き出した。 その後ろを紫揺が歩く。

「香山猫は肉食です。 そういうところはライオンと虎とも同じですが、一番大切な所は高山で尚且つ、ある草の匂いのある所にしか住まないんです」

「ある草?」

こちらでお座りになっていてください、と言うとサッと歩いて梯子を上りだした。 梯子を上りきり、壁にずらりと並ぶ本を一冊手に取ると梯子を下りる。
梁湶が紫揺の斜め後ろに立ち、持ってきた本の頁をパラパラとめくる。 そして目的の頁を見つけたのか、紫揺の前に開けた頁を見せる。

「これは彰祥草(しょうしょうぐさ)と言います。 これが高山に生えていてこの草の発する匂いの高山にだけ香山猫はいます」

墨で描かれている草の葉は茎の太さから比べると少し小さめで、形は桔梗の葉を小さくした感じだ。

「どこの高山にでも生えているわけじゃないんですか?」

花は咲くのだろうかと、本から目を離さず説明書きを読みながら訊ねる。

「はい」

「あそこの山はどうだったんですか?」

「ぎりぎり高山と言えるほどではありません。 高山でない所に彰祥草は生えていないはずです」

「そうなんだ。 ちょっと読んでみます」

本を手に取ると本腰を入れて説明書きを読みだした。

梁湶が踵を返す。 あの山のことを書いてある本がどこかにあったはずだ。 ずっと香山猫のことばかり考えていたが、コレといったことを何も思い出せなかった。 目先を変えるのも一つかもしれない。 紫揺がヒントになった。


「暑っつー!」

二人一組となり、書蔵の周りをグルグルと歩き回っていた六人。 阿秀は秋我と一緒に居てここには来ていない。

「なぁ、塔弥。 もういいだろ? 教えろよ。 なんであの時、葉月が野夜に食って掛かったんだ?」

湖彩が塔弥を覗き込んで訊いてきた。

「だから知らないって。 それに俺はそれを見てないし」

「っとに、阿秀にしても葉月にしてもどうして塔弥を庇うんだか」

塔弥はあのあとしっかりと葉月に聞かされていた。
塔弥から葉月に訊いたのではない、怒りまくりながら聞かされたのだ。
『プロレスのことを知らない塔弥に技かけようなんてっ! プロレスを馬鹿にしてるわ!』と。 決して塔弥を庇ったようではなかった。

「それより馬の方はどうなったんだ?」

「あ? ああ。 腹んだな」

「野夜と悠蓮がせっついたらしいな」

「ああ。 ちなみに種は塔弥の馬だ」

「は?」

塔弥の足が止まった。

「梁湶曰く。 出来ればお転婆と塔弥の馬をかけ合わせたい、なんだがお転婆があれじゃあなぁ・・・」

「いや、待て。 俺は全然聞いてないぞ」

自分の馬は我が仔のように思っている。 それなのに何の承諾もなく。

「領土でお転婆の次に早いのが塔弥の馬なんだから、そうなるのも当たり前だろうが」

「がぁぁぁー、信じられない。 俺に何も言わずっ!」

身体全体で怒りを表す塔弥を見て湖彩がクスリと笑って下を向いた。

「なんだよ」

「醍十がな、塔弥が柔らかくなったって言ってた」

「え? なんだよそれ」

「柔らかいどころか、人間らしくなったな」

湖彩が塔弥の背をポンポンと叩く。 塔弥の汗で掌が湿ってしまった。

「お前も爺ちゃんになるんだからな」

葉月とまだまともに手も握って無いというのにエライ言われようだ。  だが自分の馬の仔が生まれると思うと思わず頬が緩む。


梁湶が何冊かの本を紫揺の座る卓の上に置いた。

「香山猫のことが書かれているものと、これはあの山のことが書かれているものです。 こっちのは、別の角度から見た彰祥草のことが書かれています」

「梁湶さんは全部読んだことがあるんですか?」

「一度は目を通しましたが、全部頭に残っているかと訊かれれば怪しいです。 ですから俺も読み直します」

あの山のことが書かれている本を一冊手に取ると、違う卓に置かれている椅子に腰を掛け本を開いた。


「おい、長くないか?」

醍十が足を止める。

「そっかぁ?」

陽が傾きだしてから長い。 もう影が自分の背の何倍にもなっている。
あまりの暑さにお付きたちは交代で書蔵をまわっていた。
書蔵の入り口までやって来ると、他の四人が陰となった入口で休んでいる。 全員腰には筒を下げていて水分補給はしっかりととっている。

「長くないか? もう陽が傾いてきている」

朝から書蔵に来て一度昼餉をとるのに家に戻り、また書蔵に来ていた。

「ああ、今そんな話をしていたとこだ」

「でもまさか梁湶も同じことは二度もしないだろうって話してたんだ」

「でもなぁ、梁湶自身が本を読みだしたら止まらないからなぁ」

醍十の言いようにドキリとするところがある。 梁湶がついウッカリ読みふけっている間に紫揺が読み疲れて寝ているかもしれない。

「あの時の阿秀の怒りは・・・静かだったよな」

「ああ、たしか梁湶に低い声で恨むぞ、とかって言ってたよな」

「今回、その梁湶を一匹で入れた俺らは罪に問われるのか?」

塔弥以外が目を合わせた。
塔弥はその時のことをさっき聞いただけで見てはいないのだから。

「二度は無いだろう。 完全・・・とばっちりがくる」

戸に背を預けていた悠蓮がすぐに立ち上がり戸を開けた。
そっと中を覗く。

「・・・」

「おい、何か言って・・・って、まさか?」

「やめてくれよー」

悠蓮を剥いで若冲が中を覗き込む。

「え・・・うそ」

「なんだよ、若冲、どうなってんだ中は」

若冲が足を進め中に入ると次々とお付きたちが覗きに来た。
そこには卓に何冊もの本を広げ並んで座り、互いに指さして何やら話している様子が見てとれた。

「あれ? なんだ若冲」

足音に気付いた梁湶が顔を上げた。

「あれ? じゃない。 紫さまと椅子を同じにしてどうする」

「ああ、いいの。 私が座ってって言ったの。 その方がお互いの考えたことを話しやすいから」

「いえ、お付きの身を顧みなくてはなりません」

「紫の立場より民のことの方が優先」

「・・・と、俺も言われてこうなった。 で? なにか用か?」

梁湶の言いように、大きくわざとらしく溜息を吐く。

「もう陽が傾いてきています。 今日はこれまでにしませんか?」

梁湶ではなく紫揺を見て言っている。

「え? もうそんなに時がたったの?」

お付きと居る時は “時” ではなく、気が緩んで “時間” と言っていたが、すっと “時” という言葉が出たあたり、少しずつではあるが言葉に慣れ親しんできたようだ。

「夕餉の支度も出来ているでしょう」

「それでは今日はこれまでにしましょう。 片付けておきますので他の者と先に戻って下さい」

「あ、でも―――」

「あまり遅くなりますと俺らが阿秀に怒られますので」

「あ・・・じゃ、お願いします」


「それで何か分かったんですか?」

夕餉の膳を前に此之葉が訊いてきた。
紫揺の様子を見ていた塔弥がようやく肉料理に首を縦に振り、それでも少しづつ、と付け加えていた。 久しぶりに鶏肉料理が一品入っている。

「うーん・・・、ミソは彰祥草みたいな感じです。 香山猫がおかしくなったんじゃないみたいです。 明日、もっと彰祥草のことを詳しく書いてる本・・・書がないか調べるって梁湶さんが言ってました」

「彰祥草・・・葉月が何か知らないかしら」

ポツンと此之葉が言った。
紫揺の箸が止まる。

「え? 葉月ちゃんが?」

「はい。 彰祥草はお目出たいときに食に添えるものですから」

「え? え? どういうことですか?」

「紫さまのお祝いや祭の時には膳の端に彰祥草が添えられております」

「あ・・・。 そう言えば」

まだこの領土に来るとは決めていない時、青菜から聞いていたことを思い出した。

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