大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第210回

2020年12月21日 22時29分34秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


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- 虚空の辰刻(とき)-  第210回



シキから
『青が春、雷、風を操る
赤が夏、火、を操る
黄が中央、山、土、を操る
白が秋、天、沢、を操る
黒が冬、水、を操る』
と聞いた。

青の力は春。 春の力で温めればと思ったが、破壊にもつながるとも聞いていた。 だからこれは×だろう。 完全に×だろう。 こう言ってはなんだが、破壊には自信がある。 激しく出来た、というか、勝手になってしまった過去があるのだから。

シキに言われた。 困った五色。 自分を制御できない五色。 破壊に対して紫揺はその困った五色に入ると。 青の力を使って困ったちゃんが出てしまっては、どうにもならない。 だから青の力は×。

そして選んだのは赤の力。 よくよく考えると春の力でこれほどの冷えを溶かそうと思えば、どれだけかかるか分からない。 一気に夏で行こう。 うん、そうしよう。 とこれまた心の中で独語して、此之葉に術が終われば呼んでもらえるようにと頼んでいた。

シキはこの力は基本だと言った。 そこからどう変えていくのか、広げていくのかは五色次第。 理解の仕方、気持ちの問題であると。

花は青の力を使おうと思って咲かせた花ではない。 嬉しさを幸せを思っただけだった。 だから使い方なんて分からないが、心から治したいと思えばほんの僅かでもハンが楽になれるのではないかと思った。

そこで見落としに気付かないのが紫揺だ。 使い方が分からないのであれば、どの力を使うかなどチョイスできるはずもない。
だがそれをクリアーできるのも紫揺である。 

高校一年の野外学習でのアスレチック。 あの時、一般入部部員に言った一言を思い出させる。

『やりたかったらやればいいよ。 出来るから』

そう、やりたかったらやればいい。 出来るのだから。
そして今回は紫の力がある。

ハンの身体に添わした手に、頭にはそんなに冷たさは感じなかった。 首、肩、腕。
両手でタオルを顔に押し付けているが為、上半身に手を添わせようと思うと腕が邪魔になる。

「片手を下げてもらえますか?」

邪魔になっていた腕がどかされ、手を胸元に添わせた。 紫揺の手がピクリと動いた。 そして腹、脚、足の甲からつま先にと添わせる。
ふぅーっと、何かを考えた後のように息を吐くと、もう一度腹の前に手を当てた。

(やっぱりここが一番ひどい)

そして一瞬の逡巡。

(なんでも元から断たなきゃダメって言うけど、それは今の私には無理だろうな)

足の甲に手を移した。

(ここじゃないな。 足の裏か・・・でも)

履き物脱いで足の裏見せてくださーい、などとこのシチュエーションでは完全にマヌケだろう。 それに水虫でもあったら・・・。

手は足の甲の上にあってもその向こうにある足の裏を心で透かし見る。 いや、透かし視えた。

(これも紫の力?)

驚くこともなくそれを受け入れる。
あの破壊のこと、花を咲かせたこと、祖母の過去のこと、色んなことがある。 もう少々のことでは驚くこともない。

(あ・・・)

足の裏から僅かだが、冷えが流れ出ている。 まるでドライアイスが放つ煙のように。 だがそれは薄く細い。

紫揺の所見では、腹から足に冷気の筋を感じ、腹と胸にはその塊を感じていた。 特に腹の塊は大きい。 だから腹に胡坐をかいている親分をやっつければ、元から断てばいいと思ったが、自分にそんな力があると思えない。 だから親分から離れた所、冷気の少ない所から温めていこうと思っていた。

(徐々には良くなってきてるんだ)

そういう事か。 得心した。 手を引くと考えるように軽く握った手を口に充てた。
腹にあるものは親分ではなく大玉であり滞ったものだったのか。
足の裏からこの冷気を吸い上げ・・・いや、吸い上げたのか勝手に入ってきたのか、それが脚をつたって下腹に溜まった。 溜まった冷気を残しながらも更に入ってきた冷気に押され、徐々に胸にまで上がり、少なくとも今はそれを放出している。 だが今も胸に冷気は感じた。

(このまま徐々に抜けるのを待ってたら、いつかは内臓がどうにかなるし、筋肉も)

ではどうする。

(一か八か)

もう一度手を腹の前に少し浮かせて充てた。

(この身体は弱ってきている。 冷気、身体から出て。 この方に暖かさを・・・)

そう願いながら、その手をゆっくりと下げる。 動いているかいないかもわからない程に。 腹から冷気を押し出そうと考えている。

ゆっくりとした動作が脚の付け根まで下りた。 此之葉が眉根を寄せる。 股を開けて座っているハンの足に合わせて左右の手が分かれる。

タオルの下のハンの顔がピクリと動いた。

徐々に徐々にゆっくりと手を下げ、足の甲の上までくると手で壁でも押すかのように、ギリギリまで足の甲に近づけた。 足の裏を透かして視ると細く薄かったドライアイスのような煙が、もくもくと足の裏から出て行くのが視える。 ちょっとは成功したようだ。

立ち上がりハンの身体を見る。 単に身体を見ているのではない。 ハンの服の上から冷えを視ている。 ガタンと音がした。 紫揺が振り向く。

「あ、申し訳ありません」

此之葉が立てた音だった。 その此之葉の顔が青白く唇は紫色に近くなっている。 理由は想像がつく。 ハンの身体から出た冷気がこのラウンジ中に充満しているのだ。

「こっちこそ気がつかなくて。 此之葉さんはここから出ていてください。 まだ一人残っています。 体調をおかしくさせられません」

「ですが、紫さまが・・・」

此之葉が驚いた目をしている。

「私なら大丈夫です。 ほら、顔色も悪くなってる。 早く」

此之葉の冷たい手を取るとデッキに引っ張って行った。 
陽の暖かさが此之葉の身体を包み込む。 一瞬にしてじわりじわりと身体が暖かさを感じてくる。

(紫さまの瞳の色が・・・)

――― 紫になっていた。

「あ・・・此之葉」

醍十が此之葉の姿を捕らえた。

「此之葉が出て来て紫さまが中に入られて・・・えっと、中に男が一人入って行ったきりだったよな」

セノギが此之葉の唇の色を見てぎょっとした。 中の様子は窓越しに見ていただけで、陽に照らされているデッキではラウンジの中が冷えていることなど知らない。

「・・・寒いのですか?」 

コクリと此之葉が頷く。

四人もの人間に術を施したのだ。 体力を使い身体が冷えてきたのだろうかと思い、タオルケットを掛けてやった。

「有難うございます」

ずっと陽の下にあったタオルケットはこの上なく暖かかった。 フワリといい香りがした。

「ああー! 此之葉―――!!」

醍十が此之葉に向かって走り出した。

「阿秀、どうします?」

「本当に手のかかる・・・。 お前たちは」

阿秀が大股で歩き出した。

最後につけられた言葉で、阿秀がまだ怒っているのを知った五人である。
それもそうだろう。 先ほどはなんのお小言もなく “お前たちは” で終わったのだから。 いつも穏やかな阿秀の睨みはかなり効いたが。
だが今、誰かに命じることなく阿秀自身が行ったということは、自分たちのことを考えてくれているのだということも分かる。 北の者と顔を合わせるのは阿秀だけで良いと思ってくれているのだろう。

「これは・・・食うか?」

常に阿秀のことを “食えん” と言っていた野夜が “食いたかない” と言っていた湖彩に訊く。

「まぁ・・・そうだな」

親の心子知らずとはこういう事も言うのだろうか。

「此之葉―!! 此之葉―!!」

桟橋を走る醍十。

「北の者の前で堂々と名前を呼ぶな・・・」

眉間に思いっきり皺を入れて足早に追う阿秀。

此之葉が醍十を見た。 もちろんセノギも。 大男がこちらに向かって走っているのだ、桟橋にその響きが伝わる。

「大きな声で・・・」

窓越しにラウンジを見たが、紫揺は先程と同じことをしている。 紫揺の手を止めさせてはいないようだ。

「此之葉―!!」

やっと此之葉の所まで来た醍十が、すぐにタオルケットごと此之葉を抱え上げる。 それもお姫様抱っこではない。 小さな子を抱き上げるように縦にだ。 此之葉の足がブラブラと揺れる。

「此之葉! どうした!? 何かあったのか!?」

「静かに! 静かにして下さい!」

感嘆符は付いているが、声は押し殺している

「どうした!? 何があった!? 言ってみろ!」

「だから! 静かに!」

とうとう此之葉が両手で醍十の口を押えた。
セノギが笑いを堪えて顔をそむけたのが見えた。 恥ずかしく思いながらも、この手はまだ離せない。

「紫さまの邪魔をするのではありません」

フガフガと此之葉の手の中で何か言っている。 手を押さえていなければそこそこの音量だ。

「そうです。 だから邪魔をするのではありません」

醍十は「あー? 紫さまぁ?」 と言っていたのだ。

「いいですか、手を離しますが声を立てるのではありませんよ」

コクコクコクと醍十が三度頷く。

「ご心配されているようですから、あちらの方でご説明されれば如何でしょうか」

セノギが見た先には阿秀が立っている。
此之葉を下ろす気のない醍十。 まだ此之葉は宙ずり状態だったが、醍十がオモチャでも持ち替えるように此之葉を横抱きにして阿秀のところまで歩いた。

「どうした?」

此之葉に訊く。 醍十への咎めは後だ。

「醍十、下ろして」

醍十が聞かぬふりをしてそっぽを向く。 下ろす気はないようだ。 溜息を吐いた此之葉が情けない顔を阿秀に向ける。

「今は諦めるよう」

阿秀が微苦笑の顔を向けて言うと、眉尻を下げた此之葉が諦めたように口を開く。

「いま紫さまが中にいる者の体調を整えていらっしゃいます」

「どういうことだ?」

「詳しいことは聞いておりません。 ですが紫さまがお始めになってからは、ラウンジの中が急に冷えだして、私の顔色の悪さを見てとられた紫さまが出ているようにと」

「身体が冷えたということか?」

若干元に戻ってきたといえど、まだ此之葉の唇は紫色だ。
コクリと此之葉が頷く。

「エアコンが誤操作を起こしたか?」

「いいえ。 そうではありません。 あくまでも紫さまのなさっていることからです」

阿秀が眉間に皺を寄せる。 紫揺が何かをしていようと、紫揺と北の者を二人っきりにするわけにはいかない。 それでなくとも此之葉に対しても思っていたことだ。 だが事前に聞いていた此之葉のことは致し方ないと諦めてはいたが、紫揺の事は諦めるわけにはいかない。

阿秀が一歩出した時、阿秀が何を考えているのか分かった此之葉が止めた。

「阿秀、たとえ阿秀と言えど紫さまのされることをお止めしてはいけません」

影たちもセノギも離れたところに居る。 名を言っても差し支えがないだろう。
阿秀が此之葉を見る。

「紫さまのなさることの邪魔はさせません」

“古の力を持つ者” としてきっぱりと言う。

言い切られた阿秀。 此之葉にしても紫揺にしても北の者を信じているというのか。 いや、此之葉は紫揺を信じているのだ。 阿秀がフッと息を吐いた。

「安全、なんだろうな」

阿秀の言いたいことは分かる。 お付きとして二度と紫揺を失いたくない、少しでも可能性のあることを避けたいと思っていることは。

「はい、体調を整えていらっしゃるだけです。 それに阿秀も分かっているでしょう? 船のラウンジからどこへも行けません」

「そう、だな」

一度船の方に目を向け、再び此之葉を見た。

「そうか・・・。 それで・・・タオルケットか」

「はい」

「・・・礼を言わねばならんか」

忌々し気に言いたいところだが、そこは他の六人とは違う。

「此之葉の受けた恩の礼は俺がする。 阿秀ではない。 俺が此之葉付きなのだからな」

「したければ、お前はお前ですればいい」

聞きようによっては子供の喧嘩のようにも聞こえる。

「あの・・・」

「なんだ」

阿秀と醍十が声を合わせる。

「私にして頂いたことに礼を言うのは私です。 阿秀でも醍十でもありません」

「そういう訳にはいかん」

また二人の声が合わさり、互いに目を合わす。

此之葉が大きく溜息をついて言い切る。

「私は子供ではありません。 それに阿秀や醍十のように北の者に何某とは思っていません。 気のない礼は礼ではありません。 私が自分で礼を言います。 阿秀も醍十も礼を言う必要はありません」

“古の力を持つ者” らしく言うが、醍十に抱っこされてのそれはあまりに威徳に欠けている。

ラウンジの中では二度目が終わった。 もう一度ハンの身体を視る。 胸にあった冷えが腹に下りてなくなっている。 腹の冷えもだいぶ薄くなっている。

「もう少しで終わります」

あと二回はやりたいが、もう一回で限界だろう。

何をされているのか分からないが、脚が軽くなった気がし、血が巡っているような気がする。 他の四人に心配をかけないようにと張っていた気が溶けていくようだ。

紫揺がもう一度同じことをした。 今度は手に当たる重みがかなり軽い気がする。 これならあと一回できそうだ。
そしてやっと二回目が終わった。 最後に今度は身体が温まるようにと願いながら、全身に手を添わせた。

「終わりました。 どうです? 身体の調子は?」

何が成功で何が失敗で、何が出来たのか出来なかったのか、そんなことなど分からない。 だがドライアイスのような煙はもう足の裏から出ていない。 冷えも感じられない。

顔を覆っていたタオルを片手で外し、もう一方の掌を目の前に運んだ。 痺れがない。 血色もいい。

「・・・あ」

「長い間付き合わせてこんなことを言うのもどうかと思いますけど、私もよく分からないんです。 でも、身体の中に氷以上に冷たい冷えを感じました。 それを足の裏から流したつもりです。 視た限りではもう冷えは無いようなんですけど・・・。 少しでも体調が良くなっていませんか?」

「す・・・少しどころか・・・」

自分の体のあちこちを確認するように動かす。

「・・・動、く」

「良かった・・・。 って、さむっ!! 早くここを出ましょうね」

窓の外に目をやり、セノギを呼ぶ。

ラウンジに入ってきたセノギが開口一番に「うっ!」 と叫び、二の腕をさすった。

「早く出してあげてください」

セノギがハンの腕を取り肩を貸す。 歩き出したハンに驚いた顔をした。

「思うように動かんのは膝だけになった」

「え?」

「お二人とも早く出ましょう、身体がおかしくなっちゃいます」

紫揺に言われずとも一刻も早くここから出たいが、ハンの軽さに驚きを隠せなかった。

此之葉は “冷え” と言っていたが、もうここは冷凍庫以上のものになっているのではないかと思えるほどになっていた。 息が白く見えるわけではない。 ヒトウカからのアタリはそういうものではないのだから。

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