大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第29回

2022年01月17日 22時14分12秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第20回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第29回



「北の狼からリツソと紫の話を聞きました。 北の狼からの話しからするにリツソが紫に恋をしていると分かりましたので」

「狼からの話しで? それ迄にマツリは紫と会ったの?」

「いいえ、会ってはおりません」

シキが柳眉な眉を上げた。

「では何故、そう思ったの?」

「“恋心” にそう書かれていましたので」

「“恋心”?」

「はい。 父上から頂いた書で御座います」

「書?」

「ええ、我は勉学に励みましたが、どうしても分からないところがありました。 それを父上に尋ねますと “恋心” を頂きました。 狼から聞いたリツソはその中に書かれていることと全く同じでした。 ですからリツソは紫に恋をしているとすぐに分かりました」

そうか。 そういうことか。
では・・・マツリはまだ恋を知らないということなのだろうか。
そこがミソかもしれない。

「マツリは恋をしたことがないの?」

「特には」

北の領土の薬草師であるショウジと話していて己には想い人が居るのかもしれないと気付かされた、考えた。 だが、どうにも心当たりがない。

「どうして?」

「どうしてとは。 何故に姉上はその様な問いをお考えになるのでしょうか? 我はつい先日まで姉上のお力をお借りして南と東の領土を見て頂いておりました。 父上は若き頃、お一人で東西南北の領土を見ておられたのにもかかわらず、我は姉上に頼っておりました。 これからは今まで以上に励まなくてはならないと思っております」

ご隠居である四方の父上が本領を見ていたころの話しだ。 その時には四方が東西南北の領土を一人で見て回っていた。 マツリはそれを言っているのだ。

「マツリ、それは違うわ。 マツリは北と西の領土を見ていました。 分かっているのよ、南と東の領土とは比べ物にならないくらい北と西の領土を見なくてはならないことは。
それにマツリは本領も見て回っているわ。 父上が東西南北の領土を私たちに渡す少し前から北と西の領土は荒れだしてきていたわ。 そしてお爺様の見ておられた時より本領の中も状況が悪いことは父上も分かっておられるわ。 マツリ、一人で考えないで」

「姉上・・・」

四方には西の領土が安定していると報告していた。 だが実際は西の領土にはマツリが手を添えている所が多々あった。
シキは西の領土の祭に来た時にそれに気付いていたのかもしれない。

それにシキの言うように本領での争いごとが多々起きていることも隠しきれない。 それだけに四方が忙しくしているのだから。
そして地下のこともある。

「姉上、我は答えました。 いえ、我は答えたつもりですが、姉上から見て答えになっておりませんか?」

「あ・・・ええ、よく分かったわ」

忙しくて恋などしている暇も無いということだ。

「では義兄上と―――」

マツリが言うのをシキが遮る。

「まだよ」

「え?」

「紫・・・まだ紫が紫と分からなかった時、迷子の娘とマツリが言っていた時に紫と会ったわね?」

「・・・はい」

シキは何が言いたいのだろうか、何を問いたいのだろうか。 そう思いながらもシキの問いに応える。

「どうして紫を魔釣ろうとしたの?」

「魔釣ろうなどとはしておりません。 あの時は北の領土に厄災をもたらす者ではないかと思いましたので紫の瞳を見ただけです」

そういった途端、そうだったか? 瞬時にして疑問が浮かんだが、それすらも瞬時にして消え去った。

「どうして? それ以前にリツソが紫を想っているのを知っていたのに」

“恋心” で。

「リツソが想っていましてもそれは別の話しでありますし、リツソの想い人なら余計です」

マツリの言いたいことは分かる。 尤もだろう。 だが

「マツリは初めて紫を見てどう思ったの?」

「はい?」

「紫が言っていたわ。 マツリから慧眼の目を送られたと」

「まさか・・・」

己がそんなことをするはずはない。
魔釣る相手であるかどうかを見極める時には慧眼の目を向ける。 あくまでもその疑いが濃い相手にである。 誰彼にでも向ける目ではないし、それは相手に覚られないようにしている。

「ということは、マツリが無意識だったということね」

「姉上、そんなことは御座いません。 紫の思い違いでしょう」

シキが一つ何かを考えるような仕草を見せた。

「姉上?」

「その時リツソに、リツソはその程度、己を知れなどと言ったそうね」

「は? ・・・紫が? 紫がその様なことを言いましたか?」

話の流れから紫揺がシキに言ったのだと簡単に想像できるが、思わず確認をしてしまう。

「誰が何を言ったのかは関係ないの。 わたくしはマツリのことを知りたいの」

マツリがちょっと考えるような様子を見せる。 それはわざとらしくはなく、本当に考えているようだ。

「言ったかもしれません」

「かもしれない?」

「あの時は怒りに任せていたので」

現場を知らないシキからしてみれば、この時すでにマツリと紫揺のバトルが始まっていたのかもしれないと思う。

「怒り? どうして怒っていたの?」

「・・・何故でしょうか。 記憶にはありません」

「・・そう」

嘘を言っているのでないことは分かる。 真実そうなのだろう、そう思えばマツリ自身の心中でのバトルが始まっていたのかもしれない。

「最後に一つ」

美しい指を一本立ててシキが訊く。

「朝餉の席でリツソに鍛練のことを訊いたわよね? 母上が仰っていたって」

「はい、そう聞きましたので」

“最高か” から。

「それでは紫があと一の年を待って、その時にリツソが頼れる者になっていればリツソのことを考えると言ったのも聞いたわよね?」

「はい」

「あの時、どうしてそれを言わなかったの?」

「それは・・・、あの席では必要のないことで御座いましょう。 それにいくら紫のことを餌にして釣ろうとも一の年でリツソが変わるとは思えませんし、まず東の領土が紫を離しません。 それは姉上が一番ご存知でしょう。 期待を持たすのも可哀想なだけです」

「そう・・・。 分かったわ」

「では、義兄上のことを、許して頂けますね?」

「約束だもの、仕方ないわ」

と、その時、襖の外から声が掛かった。 昌耶がそっと襖を開け、外に居たシキの従者から紫揺が来たことを聞いた。
シキとマツリの会話も丁度終わったところだ、声を掛けやすい。

「紫さまがお越しで御座います」

シキにしてみればグッドタイミングだったが、それにしても遅かった事だ。 シキが紫揺を入れるように頷く。

「それでは我はここで。 義兄上にお会いいたしましたら我からも姉上のことを言っておきますので」

マツリが椅子から立ち上がったと同時に紫揺が部屋に入ってきた。

「あ・・・」

ここに来るまでに “最高か” から聞かされていた話があった。 その話しでシキのところに来るのが遅くなったのだが、話の中心人物が目の前にいるではないか。
マツリが振り返り紫揺を見た。

「頭の方はどうだ、もういいのか」

「うん」

「東に帰るのは待ってもらえるな」

「シキ様もいらっしゃることだから、そうする」

何を言うこともなくマツリが頷く。
マツリが襖に目先を移し一歩を出そうとした時、紫揺がそれを止めた。

「訊きたいことがあるんだけど」

マツリが紫揺を見る。

「まあ、なんのお話かしら。 マツリ、座り直せばどう?」

思わずシキの目が輝きマツリを引き留める。

今日は良く訊かれるようだ、と心の中で思いながら紫揺に問い返す。

「長い話か」

「長いかどうかは分からないけど、シキ様も仰ってくださってるから座れば?」

一度眉を寄せると椅子を引きいつも通り背筋を伸ばし前を向いて座った。

(あれ? 素直。 シキ様の前だとこうなのかなぁ)

覚られないように口角を上げたシキが紫揺にも椅子に座るように促す。

「シキ様、遅くなってすみませんでした」

「いいのよ、気にしないで。 今までマツリと話していたから退屈もしなかったわ。 それで? マツリに訊きたいというのは何なのかしら?」

己の目の前で訊きたいことがあると紫揺が言ったのだ。 己がここに居てもいいだろうと思いシキは椅子に腰をかけたままである。

「はい」

シキを見ていた目線をマツリにかえる。

「結局カルネラちゃんは使えるの?」

思わずマツリが厳しい顔を紫揺に向ける。

「何故、知っておる」

「偶然、彩楓さんと紅香さんが耳にしたって」

“最高か” の名を出しても二人を責めるマツリではないだろう。

マツリがシキの部屋に来る前、リツソの部屋の裏にあった木の根元でマツリがカルネラに話していたのを “最高か” が聞いていたのだった。

それはカルネラを使って俤(おもかげ)が伝えきれなかったことを聞きに行かそうということであったが、やはりカルネラは知る語彙が少なすぎた。 それにマツリを見て怯えるばかりで、到底パイプ役にはなれなかった。

迂闊だった。 最初は人がいないか気にしていたが、あまりにもカルネラの反応が悪すぎて周りに気を這わせていなかったようだ。 他に漏れてはいないだろうか。

「彩楓と紅香以外に聞いた者、知っている者がいると言っておったか」

視線を紫揺から外した。

「さあ・・・聞かなかったけど。 いたら彩楓さんと紅香さんが言ってたと思う。 いま念を押して訊こうか?」

「ああ、そうしてくれ」

心得たとばかりに昌耶が襖を開け “最高か” を呼ぶ。 襖の前に手を着いて座した “最高か”。
紫揺が椅子から降り、その前に座る。

「まず、頭を上げてください」

“最高か” がゆっくりと頭を上げる。

「さっき教えてもらったお話ですけど、彩楓さんと紅香さん以外に誰か聞かれてました?」

二人が目を合わせると紫揺を見て首を振る。

「わたくし達しか居りませんでした」

「あのお話は私以外の誰かにお話されました?」

「いいえ。 わたくしたちは紫さまにだけマツリ様のことをお話いたしますので」

紫揺とマツリがどういう意味だろうかと心の中で首を傾げるが、一方で味方と言う水を得たのはシキである。

“最高か” と ”庭の世話か” は、マツリから東の領土が紫揺を離さないと聞かされた。 そしてその気持ちは自分たちが誰よりも分かると思っている。 とは言っても希望だけは持ちたい。 紫揺がマツリに心を寄せてくれないだろうかと、マツリの話であればなんでもするようにしていた。

「分かりました。 じゃ、そのお話は他言無用でお願いします。 有難うございました」

此之葉に辞儀はするなと散々言われているが礼ならいいだろうと二人に頭を下げる。

「もったいない!」

“最高か” が慌てて頭を下げる。

マツリは背中を見せているからその姿を見ることは無かったが、シキはしっかりと見ている。
それにマツリがああ言っただけでこの二人に他言無用と念を押すあたり、よく気をまわしたものだ、などと考えている。 そしてやはりこの二人は似ている、とも。

「では、お閉め致します」

昌耶が言うと襖をそっと閉めた。 頭を上げた紫揺が昌耶にもぺこりと頭を下げ、立ち上がると椅子に座り直した。

「で? どうなの?」

どこからどこまで話しを聞かれたのかは分からないが、あの最初の訊き様ではそれなりに話の内容が分かっているのだろう。 しらばっくれるわけにはいかないようだ、答えるしかない。

「カルネラでは不可能のようだ」

「ふーん、私が行こうか?」

「は?」

思わぬ台詞にずっと前を向いていた顔を紫揺に向けた。

「話を聞いてくるだけでしょ?」

簡単に言ってくれる。 地下のことを何も知らないから言えるのだろうが、あんなところに紫揺を送り込むなど出来るはずがない。

「それはよい。 別の手を考える」

また前を向いた。

(マツリったら、人の話を聞く時には必ず相手の目を見るのに・・・)

二人の様子をじっと見ているシキ。 口を挟むつもりはないがその分あれやこれやと頭の中を動かしている。

「でもカルネラちゃんに頼むくらいなんだもん、急いでるんじゃないの?」

「よいと言った」

紫揺が腕を組みちょっと頬を膨らませてマツリを見る。

「私、ただ飯食べさせてもらうっていうのがホンットにイヤなんだけど」

北の屋敷に居た時も北の領土に居た時もそうだ。 何もしていないのにのうのうとご飯を食べさせてもらっていた。 あのまま日本に居れば有り得ない事だ。

「どういう意味だ」

「何もしていないのに、働いてもいなければ何も生産的なことをしてないのに、ご飯を食べさせてもらっているということ」

「何もしておらなくはないだろう。 リツソを目覚めさせ、こうして姉上の話し相手もしておる」

決してシキの話し相手が嫌とは言わないし、五色の勉強になることも教えてくれる。 だがあまりにも優雅すぎるし、リツソのことは終わったことだ。 それにその後で紫揺自身が迷惑をかけた。
それに、なにより身体が退屈なのだ。

「地下って何処にあるの? 馬で行ける?」

久しぶりに馬にも乗りたい。

「馬鹿なことを言うな、紫が行く必要などない」

「マツリが教えてくれないんだったら他の人に聞く」

「やめろ、さっき彩楓と紅香に他の者に言うなと、紫自身が念を押したところだろう。 今は地下の地の字も口に出してはならん。 それに紫は本領の者ではない。 これは本領の問題だ」

「それって・・・もしかしてリツソ君に関係してる? 盛られたって話に」

マツリが眉間に大きく皺を寄せて紫揺を見た。

「言ったはずだ。 それは本領の問題だと」

「聞いたわよ」

「ではこの話もその話も終わりだ。 訊きたいことがあるというのは終わったな」

また紫揺を見ず前を向いた。

「リツソ君をあんな風にした奴を野放しにしておくの?」

「その話は終わったはずだ」

「んじゃ分かった」

マツリが片眉を上げる。 全く分かっていないのは明白だ。

「要らぬことをするのではないぞ」

「しない。 今日帰る」

「は?」

マツリが紫揺を見た。

「マツリが出掛けてから帰る」

「おま・・・」

「お前って言ったらアンタって言うからね」

くすくすと笑い出したシキ。

「マツリの負けね」

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