大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第125回

2020年02月29日 01時31分14秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第120回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第125回



東の領土が先にその場所を見つけ、その様子を見ていた北の領土が同じように北の領土側にも洞を見つけた。
その後、北の領土の者が東の領土に入ったことが本領に知られ、当時の領主や関係していた者たちが狼の牙にかかったが、洞のことは本領が知ることなく、狼の牙にかからなかった者たちの中で洞のことは口伝えにされていた。 北の領土直系ではなかった新たな領主がその話を聞いた。 新たな領主は洞の向こうにいるであろうムラサキを探す為、この洞の向こうにある日本を探ることにした。

それはずっと無言だったまだ歳浅いショウワが、ムラサキが洞の向こうに居ると言ったからであった。 ムラサキのことに関しては、ショウワの言うことには間違いはない、そう古の力を持つ者から聞いていた。 その古の力を持つ者は数年後に亡くなった。

誰も知らない北の領土の古の力を持つ者の事情があった。

当時の古の力を持つ者は男であった。 有り得ない話だ。 古の力を持つ者は女でなければいけないのに。 だが北の領土ではそれさえ問われることは無かった。

男である北の領土の古の力を持つ者の後を継いだのがショウワであった。 だがショウワが古の力を持つ者というのは亡くなった古の力を持つ者が伏せさせていた。

『時が来ればお前が古の力を持つ者と声高に言おう』

そう言い残していた。 声高に言う前に、その時が来ることなく亡くなった。

北の領土の民が怪しみながらも洞窟の中を歩きこの島に出て、この日本を知ったということだった。
また東の領土も然りであったが、此の地に出る場所は随分と違っていたし、互いにそれが何処なのかを知らない。

「ああ、そうだな。 前領主は此処に住むためにこの屋敷を建てた。 北の領土になど住むつもりは無かっただろう。 だが前領主夫妻は突然亡くなった。 ビャク茸の話を領主は聞いているようか?」

此の地を気に入った前領主は、此の地での海外旅行中に事故に巻き込まれて亡くなった。 それを此の地をあまり好まなかった妻でありムロイの母親が、北の領土で訃報を聞き、後を追うように亡くなってしまった。

両親ともに高齢の時に生まれたムロイに兄弟はなく、此の地を気に入っていた父親に六歳の頃から此の地での教育を受けさせられ、全寮制に入らされていた。

長期休みの時には母に会いたくてこの屋敷に帰ってきたが、迎えに来ていた母はすぐにムロイを連れて北の領土に帰っていた。

ムロイにとって母と共に居られるのは良かったが、日本と比べると北の領土の不備なところは歓迎できるものではなかった。
電気もなければ電車も店も学も何もない。 あまりにも日本と違っていた。 ムロイは母の好む自然を好まなかった。 だが幼い時から母と引きはなされ、やっとの長期休みの時には母と一緒に居たかった。 ムロイの北の領土の記憶はそんなものだった。

だが北の領土に居る時に怪我をすれば、彼の地にはない薬を塗ってもらった。 彼の地であれば消毒をして絆創膏で終っただろう。 彼の地では味わえないものも食べた。 山菜の新鮮な味を知った。 でも自分の知る味とかけ離れていた。 その味は忘れていない。 そんなムロイが二十歳を少し過ぎた時に、父親の後を継いで東の領主となった。

「そこまでは知り得ません。 ですが知っていたとしてもムロイは何も考えないでしょう」

「領主は・・・前領主と同じくこの地での金を得て、この地に住みたいと思っているからか?」

「・・・はい」

「ムラサキ様に北の領土を任せて?」

「前領主がどうお考えだったのかは分かりませんが、少なくともムロイは、思いたくはありませんがそう思っているでしょう」

「だがシユラ様はあの状態だ」

「はい。 ムロイはシユラ様に苛立たれていると思います」

「・・・ニョゼ」

「はい」

「私は北に帰る」

「え?」

「領主を迎えに行くわけではない。 領主を説得して皆で北に帰ろうと、そしてムラサキ様のことを諦めて頂こうと話そうと思う」

「・・・」

「反対か?」

「いいえ、決して。 わたくしも連れて行って欲しいくらいです。 ですがシユラ様お一人を置いては。 セノギもまだ今の状態では身体に無理を強いてしまいます」

「ああ、今すぐには無理だろうが、あと少しどうにかなれば一人で歩けるようになるだろう。 ニョゼはシユラ様が心配ならば、シユラ様がこの屋敷に居られる間は付いてさしあげればいい。 それからのことはその時だ。 シユラ様が何をどう選ばれるか。 ・・・まぁ、どう選ばれるかは分かっているがな」

ニョゼが寂しい笑みを零した。



セキと土産の話をし、病院に予約を入れたセノギが抜糸を終え、屋敷に帰ってきたかと思うとすぐにショウワの部屋を訪ねた。

「もう、良いようじゃな」

窓の外を見ていたショウワが、ソファーに座るように促すと自分もソファーに向かって歩き出した。

「ショウワ様? お顔のお色が優れないようですが、どうされました?」

「そうか? ケミにもうるさく言われておるが大したことは無い。 それより何用じゃ?」

「はい」

ムロイのことはショウワから聞いている。
ショウワの顔色を気にしながらも、今日、北の領土に帰ってムロイの様子を見て話が出来るようならば、と話し出した。

「これから北の領土に戻り此の地に居る者みなで北に帰ることは出来ないかと、伺いを立てようかと思っております」

言いにくい話だけに、一気に声にした。
ショウワに驚いた様子は見られない。

「それはどういうことじゃ」

「此処を引き上げ北の領土に帰るということです」

「わしは別段此処を気に入っておるわけではない。 だからと言って北の領土も気に入っておるわけで―――ック!」

急にこめかみを押さえるような仕草をした。

「ショウワ様?」

ソファーから立ち上がると、斜め前に座っているショウワの横に膝をつき顔を覗き込んだ。

「いかがなさいました!?」

すぐに返事は無かったが、矢継ぎ早に聞くわけにもいかず返事を待つしかなかった。 ほんの五分ほどの時が長く感じられた。

「・・・ああ、もう何ともないわい。 驚かせて悪かったの」

「頭痛ですか?」

「ああ、ここのところ時々起こるようになってきてな」

ここのところではない。 随分と前から起こっている。

「一度、医者に診てもらいましょう。 明日にでもニョゼを伴って病院にかかって下さい。 往診など甘いことを言っていては長引くかもしれません」

「もう、老いぼれじゃ。 診てもろうても変わらん」

「そんなことは御座いません。 私がお供出来ないのは残念ですが、必ずニョゼとお行き下さい」

セノギの言うことを耳に残しながらも話の筋を戻す。

「わしの事は気にせずともよい。 ああ、そうじゃった。 此処を引き上げるのにわしは何とも思っておらん。 セノギの思うことをムロイに言うがいい。 ムロイが何というかは分からんが、わしはムロイにもセノギにも付かん。 好きなようにしろ。 じゃが、ムラサキ様は・・・」

次の言葉を待ったが、ショウワから言葉が繋がらなかった。

(・・・どうしてじゃ、どうして言葉が出ん)

「ショウワ様?」

「・・・あ、ああ。 そう、ムラサキ様は・・・」

また止まった。 セノギが首を傾げた後に「よろしいでしょうか」 と問い、ショウワが頷くと自分の存意を話した。

「ムラサキ様のことですが、ムラサキ様は北のお人ではありません。 東でお生まれになるはずだったお方です。 これ以上、ムラサキ様に北の犠牲になっていただくわけにはいきません」

「犠牲・・・と?」

「はい。 ムラサキ様は北にはご縁のないお方。 私たちの先祖がムラサキ様の在るべき場所を奪ってしまった。 今ここで先祖のしたことに私たちが終止符を打たなくて誰が打つでしょう」

ショウワがゆっくりと首を傾げた。

「先祖のしたこととか、犠牲とはどういう意味じゃ?」

「え?」


「では、失礼いたします」

パタリとドアを閉めたセノギ。
ショウワは、先祖の愚行を全く知らなかった。 それどころか紫揺が本来東の領土の人間だということも。
北の領土の重鎮だと言われているのに。

「どういうことだ・・・」


セノギの話を聞き、放心したようにソファーの背もたれにもたれている。

「どうして・・・わしが知らんのじゃ」

ショウワには両親は居なかった。 古の力を持つ先代と暮らしていた。 その先代からは何も聞いていない筈だ。 忘れているのか? そんな大切なことを? 
下瞼がピクピクピクと痙攣をおこす。 顔から血の気が引いていくようだ。 また頭痛が襲ってきた。

「ック・・・」

顔を歪めて両手で頭を覆う。 五分経っても十分経ってもその姿に変化がない。 見かねたケミが人型をとり、部屋の隅に置かれていたコップに水差しから水を入れるとショウワに近寄る。

「ショウワ様、丸薬にございます」

片手に丸薬、もう片手にコップを持った手を差し出した。

「ああ、悪いの・・・」

痛みがあるのだろう、皺のある顔に更に皺を寄せて言う。
この丸薬はケミが頭痛を感じた時に飲むと良く効くからと、何度かショウワに差し出していた。
十分ほど経つとやっとショウワが顔を上げた。

「お呼びもされませんのに、差し出がましく出て来てしまい、申し訳ありません」

「そんなことは無い。 ああ、痛みが引いていくわい」

「セノギが言っていましたように、一度診てもらわれてはいかがですか? お顔のお色が日に日に悪くなられています」

「・・・そうじゃな、この年と言ってもこう痛うてはかなわん」

ソファーの背もたれにもたれると痛みを我慢して体力を使ったからなのか、初めて聞いた話のショックが体力を奪ってしまったのか、丸薬に痛みも疲れも忘れたのか、ウトウトとしだした。
ケミが椅子に掛けられてあった膝掛をショウワに掛けると、巾着から丸薬をもう一つ出して目の前に掲げた。

「良く効くものだ。 その土地で生まれ育った物が身体に一番良いということか」

この丸薬は以前、例の若い薬草師に作ってもらったものだった。


セノギが部屋に戻るとすぐに着替えニョゼを呼び、セキへの土産を託すとショウワのことを言い医者に連れて行くよう頼んだ。

「承知いたしました」

ニョゼの堅苦しい返事に一瞬微笑みながら 「気負うことは無い。 では、頼む」 と返した。
ニョゼを部屋に残しセノギが部屋を出て行った。

ムロイもセッカもセノギも居なくなった。 誰が五色をまとめるのか・・・。
気が重い。
それに紫揺がこれから意図せずにも、何かをするかもしれない。 いや、してしまうかもしれない。 そんな時なのに紫揺だけに付いてはいられない。 それが何より悲しい。

ムロイが此処に帰って来るまでセノギを止めればよかったのだろうか。 ・・・だがそうなれば、セノギの説得に応じなかったムロイがすぐに次の仕事を言って紫揺と別れることになるだろう。 それにそうなるといつまで経っても自分は北に帰ることが出来ない。

「なにが正解なのか・・・」

きっと正解などあるはずはない。 この北の領土にとっては。 いや・・・今セノギがやろうとしていることが北の領土にとっての正解なのかもしれない。

紫揺は北の領土の人間ではないのだから、北の領土の事に当てはめること自体がおかしいのではないか。 だが紫揺のムラサキとしての力を分かっているのは、多少なりとも知っているのは自分。
紫揺が破壊をしようとも花を咲かせようとも、これから未知のことをしようとも、それを知っているのは自分。 紫揺を守ることが出来るのは自分しかない。

―――否。

ニョゼはそこのところが心に沁みていなかった。
ただただ、北の領土の人間ではない紫揺に添おうと思っていた。 守ろうと思っていた。 ましてや、屈託ない紫揺の性格も後押しした。

「・・・あ」

紫揺が北の領土の人間ではないことを改めて知った。 いや、改めて思い浮かんだ。 セノギから聞かされていたのに。
紫揺を守るのなら、守りたいのなら、紫揺を此処から出すことがなによりではないのか。

「シユラ様・・・」

そう言えば紫揺も同じようなことを言っていた。

『前にも言いましたけど、自分に言い聞かせる為にも、もう一度ハッキリ言います。 私、ニョゼさんとずっと居たい。 でもムラサキからの思いがあるんでしょうね、ニョゼさんは北に帰らなければいけない。 何故ならニョゼさんは北の人間だから。 分かっていてもニョゼさんと居たい。 だって私、この世に肉親もなにも居ないんです。 ニョゼさんを大切なお姉さんと思っています。 だからニョゼさんと別れたくない。 でもそれが、私の我儘だと分かっています。 ニョゼさんにはお父さんもお母さんもいらっしゃいます。 ニョゼさんがご両親にお会いしたいということを誰よりも分かっているつもりです。 だから』

ニョゼの眉間から皺が消えた。

「わたくしは何と愚かな人間だったのでしょう・・・」


「ニョゼさん、お早うございます!」

「お早う御座います。 今日はわたくしの焼いたパンとスープでございます。 シユラ様のお口に合えばいいのですが」

そう言いながらワゴンから次々とテーブルに出す。

「あれ? このサラダって?」

「はい、わたくしがお野菜を選びました」

「やっぱりスゴイ。 ニョゼさん、私の好きな野菜を知ってくれてる」

「有難うございます。 ですがそれはわたくしがシユラ様に付いているからでしょう。 コックはお食べになっている時のシユラ様のお顔の表情を見ませんから」

それにどれだけお腹がいっぱいになっていようとも、出来るだけ残さないようにしているのを知っている。
少なくとも一度箸をつけた皿の中の物は残したことなどない。 たとえ苦手な物が入っていても。

「そっか。 そうですよね。 コックさんの作ってくれるサラダも美味しいけど、時々苦手なお野菜が入ってるのはそれが当たり前ですよね。 でもニョゼさん、私がサラダを食べる時の表情も見てるんですか?」

「悪い癖です。 申し訳ありません」

「ん・・・まあ。 でも、私と居る時くらい肩の力を抜いてください」

「有難うござます。 癖を治すのは容易ではありませんが、お言葉に甘えてその様に努力いたします」

「努力って言うのもどうかと思うけど・・・。 うん、そうしてください。 私はニョゼさんのことをお姉さんと思っているんですから」

紫揺が拳を口に当てププっと笑った。

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