大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第132回

2020年03月23日 22時16分58秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第130回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第132回



アマフウとトウオウが回廊から庭を見渡すと、既に紫揺の姿はなかった。 ただ一人、今にも門を開けようとしているセイハの姿があるだけだ。

「どういうこと?」

「さぁてな。 まぁ、シユラ様があの門を出て行ったってことだろうな」

他人事のように言うと、ポケットに手を入れて壁にもたれた。 

「出て行ったって、あの先には獅子がいるのよ!」

トウオウを正面に見て、いかにも分かっているの!? と、今にもくってかかりそうな勢いだ。

「心配だったら助けてあげれば? アマフウの力だったら獅子くらい簡単だろ。 あらら、セイハも出て行った。 セイハの力で獅子は無理だろうな」

トウオウの言葉にアマフウが振り返る。 セイハが門を閉めて歩き出したところだ。

「まさか、セイハが何か仕掛けたんじゃないでしょうね」

「頭脳戦? それはないだろ。 セイハの頭で策略なんて組めないよ。 セイハが出来るのなんて知れてるさ。 仕掛けるなら力を使うだけだろ」

「じゃ、どうしてアノコが獅子の居る所に行くの? その後をどうしてセイハが追ってるっていうの?」

「っとにもう・・・」

だから女は・・・と言いかけて口を閉じ、背中で壁を押すと勢いよく歩き出した。

「行くぞ」

訳を知りたければその目で確かめろということだ。 それに、アマフウの予定にはなかった獅子が出てきたということだけで、アマフウが考えていたことを実行に移すいいチャンスを逃す手はないだろう。

それに・・・。


「あぇ?」

トウオウ付きの若い男が素っ頓狂な声を出した。

「まだ寝とらんのか」

部屋の中は薄暗かったが、年齢的にトイレの近い爺が二度目にトイレに立った時に男の声が耳に入ったのだった。
この部屋はトウオウ付きの二人が使用している男の付き人の部屋である。

若い男は窓際に椅子を置いて片手にグラスを持っている。 そのグラスからプンと、スコッチの香りがする。 若いトウオウ付きの男がこの屋敷に来て覚えた味で、気に入っているようだった。 時折こうして月を眺めながら飲んでいるのを爺は何度か目撃している。

「あ・・・あの、トウオウ様がアマフウ様と」

庭を指さす。
眉を上げた爺が難しい顔をして窓に近寄ると外を見た。

「お二人だけ?」

「いえ、その前にセイハ様、その前にシユラ様があの先の門から出て行かれました」

「シユラ様があの門から?」

「はい。 トウオウ様を追って行きましょうか?」

「・・・いや、いい」

それと同時に、何時だと思いか、とトウオウに毒づきたかったが、トウオウの行いに心当たりがないでもない。

「私たちではあの門はくぐれないからな」

「あ・・・」

すっかり失念していた。 あの門の先には獅子がいるのだった。

「では、どう致しましょう」

「ふむ・・・」

左手で右ひじを持ち、その右手の指で顎をさする。

「トウオウ様のご憂患(ゆうかん)が拭われるかもしれんということか・・・」

「は?」

「深酒をするんじゃないぞ。 明日は一波乱あるかもしれん」

そう言い残すとトイレに向かった。

爺、曰くのトウオウの憂患。
トウオウが初めて紫揺を見たのは、アマフウの袂を燃やした時だった。 セキを守ろうとして。
その日のことを思い出しながら、フゥーと長い息を吐いた。

「あの方の思うように事が運べば良いのだがなぁ」


『なぁ、爺』

『何でございましょうか?』

『今日来たシユラ様』

『シユラ様?』

『ほら、ムラサキ様。 自分はムラサキではない、シユラだって言い切るからシユラ様』

『そういうことで。 で? そのシユラ様がどうされました?』

『頑固』

『ほー、そうでございますか』

『で、正義の味方』

『はい?』

『あんなのを領土に連れて行ったら、絶対に潰れるよ』

『さようで』

『領土の人間でもないのに、どうしてムロイは潰そうとするのかねぇ』

『それは勘違いでございましょう』

『なんで?』

『領主はムラサ・・・いえ、シユラ様に領土を守って頂こうとお考えなのですから』

『守る前に潰れるよ。 一目でわかるのにねぇ』

『ではトウオウ様はどうされたいのですか?』

そう問うた時のトウオウの顔を思い出す。

「あの方は本当にお心優しいお方だ。 お口さえどうにかなれば言うことが無いのに・・・」

ドンドンドン! と、トイレの戸が叩かれた。

「どうされました?! 大丈夫ですか?!」

いくら経ってもトイレから出てこない爺。 倒れてでもいるのかと思い、若い男がドアを連打していた。

「・・・あ」

便座に座り込んでいた。



――― 爺に顔を傾けてにっこりと笑ったトウオウが一言いった。

『リリース』



門の先の平な地を歩き、懐中電灯を点けると木々の中を潜った。 数メートルの高さの岩壁が見えたあたりでガザンが足を止めた。
ヴフゥ・・・。 軽く声を出した。 唸るほどではない。 注意を促されているのだろうか。

「獅子がいるの?」

それにしては前を見据えていない。 どちらかというと下を向いて何かに集中しているようだ。
それは長くは続かなかった。 すぐにガザンが顔を上げるとまたノッシノッシと歩き出した。

ガザンは過ぎ去った門を開ける音と臭いに集中していたのだが、紫揺は自分の後ろをセイハが追っているなどと知りもしないのだから、獅子以外に考えられなかった。
ガザンにしてみれば “あの時の臭いの人間か。 あの時見過ごしてやったのに、どうしてついてきたのか” と言いたげだ。 セイハが木にもたれて舟をこいでいる時、追い返そうかと思ったが、寝ているのなら見過ごしてやろうと思ったのに。
ブフッ。 気分が悪いと言ったように、大きく唇を揺らせて息を吐き歩き出した。

岩壁の隙間を抜けると、穏やかな波の音が聞こえる。 きっとずっと聞こえていたのだろうが、紫揺は紫揺なりに獅子の足音や吐く息を捕えようと、そちらにばかりに集中していて気付かなかった。
波打ち際まで歩いたが暗い海にそれらしい船が見えない。

「まだかなぁ・・・」

春樹が言っていたことを思い出した。 『ちょっと待つくらい』 と言っていた。

「あんまりここに長居したくないのになぁ」 後ろを振り返る。

ガザンは波打ち際までついて来ないで、少し離れた所で紫揺に背を向け辺りを警戒している。 とうに紫揺の手からはリードがはなれている。 ガザンにリードは不必要ということは前々から分かっていた。
ガザンの元に戻ろうと一歩出した時、ガザンの低く唸る声が聞こえた。

「ガザン!?」

走ってガザンの元に行く。 ガザンの身体を両手で抱え込んだ。

「お願い、獅子がかかってきたら逃げてね! ここまで連れてきてくれただけで十分なんだから」

紫揺の声が耳に入っているのかどうかは分からない。 それ程、目の先に集中して唸りを上げている。 下見に来た時にはこれ程のことはなかった。 今日の獅子は機嫌が悪いのかそれとも

「今日エサを貰わなかった?」

もしそうなら最悪だと、ガザンから手を離した。 すぐにガザンが動けるように。 そして自分は一気に海に飛び込むつもりだ。 獅子が海で泳げるかどうかは知らないが、泳げたとしてもまさかレトリバー並みには泳げないだろう。 そう願うしかない。 逃げ道はそこしかないのだから。

ポキっと落ちていた枝を踏む音が聞こえた。
ゴクリと息を飲む。
すると唸りではない、声が聞こえた

「こんなところで何をしてるわけ?」

かなり傾いている下弦の月の僅かな明かりの下に出てきたのは獅子ではなくセイハだった。
より一層、ガザンの唸りが大きくなる。

「セイハさん・・・」

「うるさいわね。 シユラ、その犬、黙らせてくれる」

セイハが一歩近づくとガザンも一歩前に出た。

「ガザン待って」

放していたリードを掴む。

「セイハさんこそどうしてここに居るんですか」

「門を出て行くシユラが見えたのよ。 ほら、ここに獅子がいるって知らない? 心配で追ってきてあげたんじゃない」

ガザンを恐れる様子もなく歩み寄ってくる。

セイハの態度や声音はコロコロと変わる。 さも心配そうにしていたかと思うと、目の奥に何かを潜ませた輝きを見せたり、猫なで声になったり。 セイハが何をしたくて何を言いたいかは全く分からないが、踊らされる気はない。

「ガザンがいるから大丈夫です」

「ガザン? その犬? 犬が獅子に勝てるとでも言うの? お笑いだわ」

ガザンに対して失礼な言動、態度、許せるものではない。

「ガザンに失礼なことを言わないでください。 ガザンは獅子に負けません。 とにかく今はガザンと居たいだけです。 帰って下さい」

「あら、私がどこに居ようと私の自由だわ」

今のあなたを見ていると気分が悪くなるんです、などとは言えないし、そろそろ船が来るかもしれない。 とにかくここから去ってほしい。

「私が先にここに来たんですから、後に来た人が遠慮をして下さい」

言いながらもなんと幼稚な言い草をしているんだ、まるで幼稚園児がジャングルジムの取り合いをしているようだと情けなくなる。

「ふーん、結構強気に言うじゃない。 シユラにしては珍しいわね」

そう言うとわざと一呼吸おいて、まるで嘲るように続けた。

「それって、今夜中に出るから?」

それは 『今夜中に出られるんですね』 と言っていた紫揺の言葉を真似たものだった。

「え・・・」

「・・・ここから」

紫揺はここからとは言っていないが、さっきの反応を見れば明らかだ。
返ってくる言葉がない。 完全に正解のようだ。 相変わらず聞こえてくるのはガザンの唸り声だけだ。

「誰かが迎えに来るってわけ? 裏で春樹が糸を引いてるのかしら」

「どうして・・・」

「どうして知ってるか? だって、私は何でも知ってるんだもの」

岩壁の上から二つの眼光が光っている。 もちろんガザンはそれに気付いている。
セイハの腕が動いた。

「なにを・・・?」

ゆっくりと動かしていた腕をサッとガザンに向けた。 青い瞳の力で風をおこし、砂をガザンに打つつもりだった。
そう、波打ち際の重い砂がガザンの身体を打つ・・・予定だった。
だが、波打ち際に近い砂は十分に海水を含んでいる。 それを持ち上げられるほどの力のある風などおこせなかった。 ポトっと数粒がガザンの鼻先に落ちた。 何の悪気もなくベロンと大きな舌を出してそれを舐めた。

ガザンに悪気が無かったと言っても、セイハにしてみれば明らかな嘲弄の態度にしか見えない。 セイハが怒りをあらわす。
自分が出来なかったことにショックもあった、ガザンのその動作に馬鹿にされたような気がした。

「人を馬鹿にしてっ!」

今度は自分の足元にある乾いた砂に風を起こそうと、大きく腕を動かした。 確かに間違いなく、細かな砂をまき起こし、それをガザンの顔面に叩きつけた。

「ギャン!」

細かな砂が目に入ったのか、今までに聞いたことの無い声を上げた。

「ガザン!」

慌てて顔の砂をはたいてやるが、目が開けられないようだ。

「なんてことするんですか!」

立ち上がりセイハに対峙した。

「さっき、黙らせてって頼んだわよね。 それを聞かなかったのはシユラの方じゃない。 だから私が黙らせただけの事」

これ以上、紫揺を刺激したくはない。 結果だけではあるが、部屋を破壊した一件を見ているのだから。 あんな力をここで出されては逃げるに逃げられない。 トウオウのようにもなりたくない。 それに、そんなことが目的ではない。
止めていた足を動かしゆっくりと紫揺に向かって歩きだした。

「ねぇ、それより出て行くなんて考えない方がいいわよ。 ほらシユラには恐い力があるじゃない? まだそれも上手く使えないんだから、ここから出て何かあったらどうする気?」

猫なで声の中に嫌味を含んでいる。

「コワイ・・・」

「そう、あんな破壊の力を迂闊に出しちゃったらどうするの?」

ニョゼにも力の使い方を覚えるのがいいと言われていた。 ・・・でも何よりもここから出たい。 このチャンスを逃したくない。 それに後には引けないのだから、陽が昇れば北の領土に連れて行かれてしまう。

「・・・簡単に出さない」

「あら? そんなに簡単に力を抑えてられるの? トウオウをあんな目に遭わせておいて?」

「それは・・・」

「ね、私が教えてあげるか―――」

言い終わらない内に声が被って聞こえた。

「何を教えてあげるのかしらねぇ」

セイハが振り返り、紫揺が下げていた顔を上げた。
ガザンがやっと涙で砂を洗い流した顔を上げる。 だがその視線はセイハと紫揺が向けている所と違う場所を見ている。

「イヤだなぁアマフウ。 そんなイジワルな言い方をしたらセイハがかわいそうだよ」

白々しい声がしたと思ったら、アマフウの後ろからトウオウが出てきて続けた。

「シユラ様を潰すやり方を教えてやるって分かってるのに、それを訊いたらセイハに悪いだろう?」

「なっ! 何を!」

遠くから波をけ破るような音が聞こえるが、今ここに居る誰にも聞こえてはいない。 いや、ガザンだけは気付いているだろうか。 だが相変わらずガザンはあらぬ方向を睨みつけている。 まだ少し砂が残っているのか、何度も瞬きを繰り返しながら。

「シユラ様を潰して自分の下につける。 浅ましいにも程がある」

先程までのふざけた声音と違い刺すようにセイハにぶつけてくる。

「って、アマフウが言ってたぜ」

またふざけたように言うと、アマフウがチラリとトウオウを見た。

「何を勝手なことを言ってるのよ!」

「セイハ、アナタには何度も言ったでしょ。 アナタの考えてることなんて分かってるって。 アノコがここに来るって分かった時からアノコを潰すつもりだったんでしょ? まぁ、実際は潰すまでもなくヘタレだったから、今まで潰す必要もしなかったんでしょうけど」

「ヘタレ・・・」

自分のことだと分かっているが、それも本当だとも思うが、もう少し言い方を考えて欲しい。

「自分の力を無くしてきている自覚があるからそう考えるんでしょう? 力のないことを認めれば? コソコソと、自分より力のある者を潰しておいて、育ててあげたのよって恩を売りながら、軽蔑の目をアノコに向けさそうなんて見苦しいったらないわ」

軽蔑の目。
セイハの脳裏にムロイからの軽蔑の目が浮かぶ。 あの目を向けられるのが心底イヤだった。 それをこんな時に思い出させるなんて。

「アマフウは性格上、そんなのが大嫌いなんだよ。 な、アマフウ」

何故か割って入ってきたトウオウがアマフウに目を向けるが、アマフウは頷きもしなければ、その視線をセイハから離してはいない。

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