大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第109回

2020年01月03日 22時06分27秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第100回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第109回



北の領土に行って初めてまともにトウオウの目を見た時の、あの優しいトウオウの目。 あの時と同じ目が今、目の前にある。
そして口元には先程とは違った笑みをたたえている。

「出来ることって・・・」

「分かってるだろ?」

「それは・・・トウオウさんの身体には関係のないことです」

「関係なくないんだけどな」

「私の出来ることをしたとて、トウオウさんの傷が治るはずありませんから。 それに・・・出来ませんから」

「ああー、メンドクセー! だから女って―――」

「トウオウ様!」

我慢しきれず、とうとう古参が口をはさんだ。

「お言葉を選んでくださいませ」

「・・・はいよ」

上がりかけた気が古参によって鎮められ、軽い返事を返す。
その返事に古参が半眼になるが、そんなことは意としない。

「オレの傷は治せないし、爺も黙らせられないんだろ? だからそれで終り。 それにシユラ様の責任じゃないから。 オレが勝手にやったことってのを、頭においてくれなきゃ困る」

紫揺が口を挟みかけたのをトウオウが目で制し続ける。

「シユラ様は出来るんだよ。 ってか、出来ることをやるんだよ。 やってみて力の加減を覚えるんだ」

「だって!」

「だって? その先はなんだろうね」

「出来るはずないです! どうして! そんなことを言うんですか!?」

こんなはずじゃなかった。 トウオウの身体が心配で来ただけなのに、こんなことを言いにトウオウの元を訪ねたはずじゃなかったのに。

「うん、いいね。ThreeDじゃないけど、3Dだね」

「え?」

「だって、どうして、でも。 どれもDだろ?」

「それって・・・男の人が嫌う3Dですよね」

どこか不貞腐れて言う。

「無言より随分マシだよ」

「・・・やめてください」

一気に冷めた。
紫揺の感情が沈下したのを見止めたトウオウが言う。

「オレのことを心配してきてくれたんだろ?」

「はい。 心配だし私の責任でトウオウさんが―――」

「さっき言ったよね、責任? じゃ、どうやってシユラ様が元の身体に戻してくれるの?」

そう問うと、一つ間をおいて続けて言った。

「出来ないことを言うんじゃないって言ったよね? それにこれはオレの勝手でやったことって言ったよね」

「はい・・・」

「うん、それでいいんだよ」

「・・・」

「オレの勝手でやった事なんだから、オレの身体はオレが診る。 オレの身体をこうしたのはオレだからな。 だからシユラ様は関係ない」

古参の口元がヒクヒクと動く。 それを見ていた若いトウオウ付きがほぼ呆れた表情をみせるが、トウオウも紫揺も気付いていない。
若いトウオウ付きが紫揺を椅子に座らせようと、ずっと椅子を持っていたが、話に入る隙が出来ない。 椅子を持ったまま古参の顔を見ているしかなかった。

「そんなことっ!」

「何度も同じ話を繰り返させんなよ。 オレはオレの考えを以ってあの時シユラ様と話してああなった」

「だからと言って!」

「だから何? オレはオレの信念に背かなかっただけだ。 後悔なんかない。 なにか? シユラ様は自分のやったことに後悔をするのか?」

「それは・・・」

「それは、何?」

「・・・あの時、自分が何かをするなんて分からなかったし・・・」

「それはあの時の話だろう? 今シユラ様が此処に来てるのは、何もかも分かってなんだろ?」

「・・・何気なくは」

無言でいたかったが、トウオウがそれを嫌う、何かを言わなければ。 そして出た答えがそれであった。

「ふーん・・・。 何気なくね。 心配してきてくれたのは分かった。 で? 他に? 何かある?」

「・・・あ」

「あ、じゃないよ。 なに?」

「・・・トウオウさんの身体の具合だけが心配で。 それに自分に出来ることがあればって・・・」

「うん、言ってたよね。 念を押して言う。 オレはどうってことないよ。 爺がうるさいだけ。 それに―――」

「トウオウ様」

トウオウの言うことに被せてとうとう、古参が声を掛けた。

「なに?」

「これ以上はお身体の具合がございます」

「どうってことないって。 大袈裟なんだよ」

「シユラ様、申し訳ありませんが」

古参がトウオウから紫揺に目を転じ、深くお辞儀をした。

「爺! 勝手にシユラ様とオレを剥がすなよ!」

古参に言われ、立ち上がろうとした紫揺が止まった。

「トウオウ様、何度も言っておりますが、オレ等というお言葉はお控えください」

古参はトウオウの身体の心配もあるが、何より連呼される『オレ』 が気にくわなかったようだ。

古参の言いように紫揺が背筋をゾッとさせた。 トウオウが『私』 もしくは『わたくし』 などと言うかと思うと笑うより寒気がする。

「分かりましたよっ! だからオレ・・・じゃなくて、自分は何ともないから、もう少しシユラ様と話させてくれ」

そっか『自分』 という手があったか。 紫揺の背筋がホッと安心する。

「お身体のことをお考え下さい」

「なんてことないよ」

「トウオウ様!」

「なんてことない!」

若いトウオウ付きが大きく歎息を吐いた。
トウオウと古参。 この二人は顔を合わせる度にこの調子だ。

『オレ等と! わたくしと仰ってください!』
『そんなもん言えるか!』
『そんなもんではありません! そのようなことです! それに言えるか、ではございません! 言えません、でございます!』
『言葉なんてどうでもいいんだよ! 伝わればいいんだよ!』
『トウオウ様はやっとお生まれになった、五色様でございます! もう少しお淑やかに!』
『やってらんねー』
『トウオウ様!』

何度こんな会話を聞いたことか。

「あ、あの! ごめんなさい。 本当に。 トウオウさんの傷を無かったものに出来なくて」 深く頭を下げる。

「シユラ様どっち向いて言ってんの?」

紫揺は古参に頭を下げていた。

「爺はオレの親でも何でもないからっ」

「また! オレ等と!」

完全に紫揺の存在を無視してトウオウに言う。

「爺、分かったって。 そうだな、北の領土に帰ったらちょっとは改めるからさ、此処に居る間はちょっとの言葉くらい見逃してくれないか?」

「ちょっとではございません。 それに見逃すなどと・・・。 空音でございましょうか?」

「そこまで言うか?」

「今までのトウオウ様のことを思いますに、真実ではないかと?」

「あ、あの!」

「なんだよ!」 「なんだ!」 トウオウと古参の声が重なり、声の元である若いトウオウ付きを睨みつける。

「今はシユラ様がご訪問をされておいでで・・・」

言ったものの、二人に睨まれ尻すぼみになるしかない。 椅子を持った手の力も抜ける。

「あ、そうだった。 爺、ぜんぜん何ともないからいいだろ? シユラ様と話がしたいんだ」

「お元気であらせられますことは、何よりでございますが―――」

お身体の具合がと言いたかったが、トウオウがそれを言わせなかった。

「何よりだろ? だからちょっと外してくれ」

「外すなどと! 何を仰られますかっ!」

爺の心配は幼少のころからだ。 今この状態でそれを全面的に退けるのはやや心が引けるが、今は紫揺との時間を持ちたい。

「分かった、分かった。 んじゃ、仰向けに寝るよ?」

「は?」

「オレが仰向けに寝るようなことになったのは爺のせい。 それで傷跡が残ったのも爺のせい。 どう?」

「それは、ほぼほぼ、恐喝でございますね?」

「人聞きの悪い」

「トウオウさん・・・」

二人の間に紫揺が入るが、呆れてそれ以上何も言えない。 それにトウオウは自分と話をしようとしてくれているのだ。

「爺、ちゃんとうつ伏せてるから、安心して。 んじゃ、シユラ様話そうか」

古参に向けていた視線を紫揺に移すと、諦めた顔をした古参が渋々部屋から出て行った。
「くれぐれもご無理をなさいませんように」 と念を押して。
若いトウオウ付きが紫揺に椅子を差し出すと慌てて後を追う。

二人の後を追っていた視線をトウオウに戻す。 トウオウと目が合った。
オッドアイ、異(い)なる双眸が揺れている。

「本当に痛くないですか?」

紫揺にとっては白紙に戻った状態だ。

「だから、背中は何ともないって」

「あの・・・本当にごめんなさい。 ごめんなさいで済まないことも分かってます」

「だから、やめろって。 何回も言わすな。 それにオレ、そういう事って・・・」

トウオウが口を閉じ紫揺を凝視した。

「え? なんですか・・・」

うつ伏せていた身体を立てると、紫揺の顔に自分の顔を近づけた。

「ウザったいんだよ」

低い声で言う。 続けて 「無言と一緒でな」

「・・・」

言葉が出ない程の威圧を感じる。
トウオウが顔を離し、ゆるりとベッドに座る。

数秒の空間。 まるで一人北極に残されたような凍てつく寒さを覚える。

そんな紫揺を放っておいて、何もなかったかのようにトウオウが口を開く。

「さて、本筋を話そうか」

言いながら椅子に座るよう顎をしゃくる。

一転して柔和な眼差しを紫揺に送る。

「本筋・・・」

先程のトウオウとの違いに戸惑いつつも椅子に腰かけ耳を傾ける。

「さっきシユラ様も言ってただろ? 『自分に出来ることがあれば』 って」

「・・・はい」

「まぁ、それに乗るってんじゃないけど。 ソレはソレ、コレはコレってことでシユラ様に出来ることがある。 オレの言いたいことは一つだけだ」

「はい・・・?」

「シユラ様は自分の力を知り使い方を知る」

「え?」

「え? じゃないって。 何度も言ってるだろ。 まぁ、言葉こそ違うかもしれないけどな」

「破壊の・・・使い方?」

「あはは、破壊したって認めたね。 でも、あの時ソコソコ説明したよね? 覚えてる? シユラ様は破壊だけの力を持ってるんじゃないよ。 シユラ様は使い方の前に知らなくちゃいけないことがある」

「使い方の前に知らなくちゃいけないことが?」

「そう。 使い方の前に知ってもらわなくちゃならない。 シユラ様の気持ちがそのまま現象として現れるって、肝に銘じてもらわなくっちゃいけない。 そしてそれが複雑だという事もな」

「複雑?」

「それともオレが複雑と思ってしまうのは、シユラ様があまりに単純なのだからかもしれない」

「どっちですか?」

「ああ、そうだな。 それはきっと、シユラ様の性格が歪んでるからだろうな」

「は!?」

「言ったろ? シユラ様、アマフウと似てるって」

「はぁーーー!?」

紫揺の考える無駄な責任感。 トウオウの考えにとってそれは無駄以上の無駄である。 だが無駄以上の無駄というマイナスが掛け合わされて、プラスとなり、全くの単なる無駄が邪魔をする有害な無為になってしまっていた。 その無為が有意の邪魔をする。

だが今この瞬間、紫揺は無駄な責任感をやっと全き無為にし、思考の隅に押しやったようだ。

「ひねくれもの同士気が合うんじゃないか?」

嫌な笑みを口元に見せる。
思考の隅にあるものを完全に体外に出してもらおう。

アマフウより随分と操作しやすい。 軽くハンドルを切るだけで済む。 可愛いものだ。
アマフウはこんなことで何かのしこりを体外・・・心の外には出してはくれない。 それは心の傷が大きいからだろうが。

トウオウの笑に紫揺が反駁の口を開けるが、軽くトウオウにいなされてしまった。


結局トウオウからは
『オレたちは体と心を繋げなければ何も出来ないけど、シユラ様は心ひとつ、想い一つで出来るんだ。 感情が具現化する』 と、あの時に言われたことと同じことを言われたが、忘れている所も思い出させてくれた。

結局トウオウもニョゼも同じことを言っていた。
ただトウオウからは、くれぐれも感情的になるなと言われた。 『アマフウと同じだと言われたくなかったらな』 と付け加えられて。

そして最初は花を咲かせることから始めたらどうかとも言われた。 それにも付け加えられたことがあった。
『誰にも迷惑をかけないだろうからな』 悪戯な目で見られたが、誰かに迷惑をかけるとまた紫揺が落ち込むと思ったのだろう。

「トウオウさん、ズルイ」

シャワーから出た部屋の中で、ジャージ姿の紫揺が椅子に座り一人ごちた。

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