大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第1回

2018年12月10日 01時59分20秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』






                                        



- 虚空の辰刻(とき)-  第1回



「降りられた」

二人の老女が同時に言った。
その老女二人がこの数十年、片時も離さず持っていた世界地図にすぐさま目を落とした。

一人の老女は屋敷と言われる一室にいた。 飾り気のない15畳ほどのフローリングにデスクを置き、その椅子に座っている。 右を見れば腰高の窓があり、左を見れば廊下から入る為のドアがある。 背面の壁には寝室に続くドアが見える。
そして正面にはソファーに座ったスーツ姿の男が居た。 その男が喜悦を目に浮かべすぐに老女の座る机の前に立った。

もう一人の老女は洞穴 (どうけつ) の中にいた。 四方に広く、上にも高い空間があり、足元は多少大きな岩が残っている所はあるが、歩くに困るほどの岩が残っているわけではない。 所々に裸電球がぶら下がり、一辺の左右には隧道 (ずいどう) が続いている。 
老女が一段上がった岩屋に薄い座布団のようなものを敷き座している。 前には几案 (きあん) が置かれ、その上で蝋燭の火が揺れていた。
そしてかなり離れた所、広い空間の左右に隧道が続く真ん中で、作務衣のような物を身にまとい頭を垂れ片膝をついていた若者が驚いて顔を上げた。


「オギャー」 と一際大きな声で泣いた女の子。
あまり裕福ではない両親にとって初めての子供だった。

「おめでとうございます。 可愛らしい姫さんですよ」 取り上げた産科医が言い、その姫様を初めて母親となった人物に見せた。

取り上げられた姫様が僅かに瞼 (まぶた) を開いた。

「・・・あ」 母親が一瞬、憂色を浮かべ声を漏らした。

我が子を見た母親は陣痛の余韻なども忘れ、産科医の手の中にある我が子をこれ以上になく見続けたが、そこにはただ愛らしく大きな声で泣く我が子が居るだけだった。

母親が産科医の言うところの姫さん、その我が子に自分の母親から聞いていたものを見た、ような気がした。 でもきっと思い違い。 今はもう何も見られない。 ただただ、元気に産声を上げているだけ。

産湯に浸かり、フワフワのおくるみに包まれた我が子が母親の胸元にやってきたときには泣き止んですやすやと眠っていた。


「日本・・・」
「やはり日本じゃ・・・」

また同時に二人の老女が言葉を発した。

一人の老女の前にいた男が問う。

「日本のどこに?」 手を机について片眉を上げる。

「もう泣き止まれてしもうた。 今はこれ以上分からん」

「そうですか。 思いのほか早かったですな」 呟くように言い、ついていた手をはなすと片手で頬をさすり、老女の右側に見える窓の外を見るともなく眺めた。

老女は口を噤んだ。

老女を一瞥すると男は踵を返して部屋を出て行った。


もう一方では

「ああ・・・これ以上は分からん。 塔弥 (とうや) 領主に日本に御誕生されたと伝えよ」

「はい」 塔弥と呼ばれた若者はすぐに身を跳ね岩屋を出ていった。


初めて母親となった早季 (さき) の病室にやってきた十郎。

「早季さん、お疲れ様でしたね。 よく頑張ってくれたね」 早季の手を取って労をねぎらう。 と共にその顔が何かを聞いている。

「十郎さん・・・」 その問いが何なのかが分かっている。

「ああ・・・今は止めておこう」 早季の表情に答えを見出してしまった。

「今は私達の娘の誕生を喜ぶだけにしよう。 なっ、早季さん、名前はすぐに決めなくていいんだから」

「・・・はい」

早季の心の中を切り替えてもらおうと十郎が言う。

「さっき僕も腕に抱いたんだよ。 赤ちゃんってあんなに小さいんだね。 今にも壊しそうだったよ」

「ちゃんと上手く抱っこできました?」

「看護師さんが上手に教えてくれてね、壊す事はなかったよ」

早季がクスリと笑ったのを見ると十郎の張っていた瞳も緩む。

「とても可愛らしい子だ。 早季さんによく似ている。 僕に似ないでよかったよ」

「まぁ、十郎さんったら」

幸せに包まれた病室であった。


一際大きな声で泣いた女の子はよく寝る子で両親の手を煩わすことなく、その後すくすくと育った。 が、少々すくすく過ぎたようで、紫揺 (しゆら) と名付けられたその女の子は小さな頃からお転婆だった。


お転婆は紫揺のやりたいことではあったが、すくすくと育ったというのは紫揺がある事を知る時までであった。

夜ごと両親が悩みあぐねいていたことを耳にし、それを理解した時まで。
おかしいとは思っていた。 いつまで経っても母親が仕事を辞めないことを。

「どうしてなんだろう。 授業料が要らないのに・・・」 引き抜きで入った高校であった。

紫揺が小学校に上がった途端、母親がパートを始めた。

「紫揺ちゃん、寂しくない? 大丈夫?」

「うん。 大丈夫」

紫揺に言う母親、早季だが、本当は働くことなくずっと紫揺についていたかった。 家に居て可能な限り一時でも紫揺から離れたくなかった。
そして紫揺は母親のその気持ちをどこかで感じ取っていた。

だが両親の悩みあぐねいていたことを知って、母親が仕事を始めた理由、今もまだ辞めない理由が分かった。 が、それを知った事を両親にも誰にも言わず、いつもと変わらず高校生活を送っていた。 でも 「怪我なんかで病院代を出してもらうわけにいかない」 と、お転婆に終止符を打った。 それは高校2年の春であった。

幼少期の紫揺は母親と一緒に散歩に出たときなどは、道路と路肩との境の段を見つけると母親の手を振り切ってその上を歩いたり、家の中では押入れの上の段によじ登るとそこから飛んで遊ぶという事を繰り返したりと、母親をヒヤヒヤとさせる場面が多かった。

幼稚園に入園すると、ブランコはもちろん毎日遊具で遊んだ。 園庭においてある一輪車が空いていると、黙々と一輪車に没頭したものだった。

小学校に上がると、学校では校庭にある鉄棒や棒上り棒、雲梯とひとしきり遊んだ。 ジャングルジムでは小学生低学年では考えもつかないだろうというようなことをして、その四角の中を器用に移動していた。

だが、高学年に上がると委員会というものが出てくる。
その委員会。 立候補をしなければ何かの委員に推薦される。 が、どれも跳んで跳ねたりすることができない。 この紫揺という女の子にとってはどれも辛気臭い。 だから、とっても緩いであろう飼育委員に立候補をした。
放課後に餌をあげておけばそれで済むだろう。 という浅い考えであった。

実際はその餌がネックとなった。 毎日3回餌をあげなくてはならない。 小鳥とリスが一緒にいる小屋と亀やフナがいる池は校舎から離れたグラウンドの隅に、ウサギやニワトリがいる小屋はグラウンドと反対の中庭に、犬や猫がいる小屋はこれまた方向の違う裏庭にと、あちらこちらに散らばっているため、休み時間ごとに走らなくてはならなかった。

休み時間が餌やりにそがれる。 それ以外に飼育小屋の掃除から、犬の散歩、飼育小屋に生きる動物達の健康状態さえ見なくてはならない。 不真面目な6年3クラス合計6人と5年の他の2クラス4人の飼育委員とトロ臭く動く同じクラスの男子の飼育委員を無視して一人で走り回った。

「絶対に6年になったら飼育委員なんかにはならないんだから」

デッキブラシで犬猫小屋の床をこすりながら心に誓った。 が、1年間寒い日も暑い日も世話をしていると情がわいてくる。
6年になってもしっかりと飼育委員に立候補をしてしまった。

だが、飼育委員担当の教師に言わすと、ここまでする飼育委員はかつて居なかった。 紫揺が一人で頑張り過ぎていたということであった。

そんなこともあり、小学校高学年では低、中学年の時ほどには跳んだり跳ねたりすることはできなかったが、下校をするときには、田舎風景を残す地域、田畑や用水路も沢山残っている。 幅のある用水路を見つけては水路の向こうに飛ぶ遊びをしたり、ブロック塀を見つけるとその上によじ登り塀の上を歩いて帰ったりしていた。

飼育委員から解放された中学生になると部活に入ったが、下校時には通学途中にある公園のブランコで遊び、ブランコの前にある危険回避の鉄柱にブランコから飛び降りその上に立ったり、ブランコを大きくこぐと前に大きくあふられた時に身体を後ろに倒して膝裏でブランコを捕らえるとそのまま1回転して降りたりもしていた。

借家であった家の鍵を忘れた時には窓や少し出っ張った所を足場によじ登り、鍵をかけていない2階の勉強机が置かれている自分の部屋の窓から家に入るなど、並べると言い尽くせないほど、お転婆では済まされないほどのことを毎日楽しんでいた。 それを遊びと言うのはあくまでも紫揺本人だけだ。

紫揺が小学校に上がってからは母親が働きに出た為、紫揺がこんなことをしているとは、母親は露とも知らなかった。


紫揺が中学校に入ったとき、幼稚園から一緒の友達に誘われて器械体操部に入った。 紫揺にしてみればバスケ部か、テニス部に入りたかったのだがそれは友達に却下された。

「シユちゃん、チビじゃん。 そんなのでバスケ部に入ってもレギュラーになれないし、テニス部って3年になるまでずっとボール拾いらしいよ」

紫揺のことを、シユちゃん、ユラちゃん、ユラユラ~と実に友達たちは自由に呼んだ。

「ね、平均台の上でしなやか~に歩くって憧れない?」

友達にそう言われてバスケ部もテニス部も諦めて器械体操部に入った。
特別身体が柔らかかったわけではなかったが、幼少期からのお転婆がここで功を成した。 反対にこの友達はあまりの自分の身体の硬さに早々に退部した。

名声も歴史も無ければ名も無い、名があるといえば顧問が 『名だけの顧問』 ということだけだった。 そんな実力のない中学校の弱小器械体操部だったが、紫揺は試合に出ると団体戦は無理にしても個人戦で予選を勝ち抜き、本戦に出ることが出来た。 だがそれは地方戦でしかなかった。 だからここまでだ。 本戦では簡単に負けてしまう。 

小さな頃から有名体操クラブに通っていた子達、有名な小中高一貫の体操クラブとは雲泥の差がある。
単にタンブリングが出来ればそれでいいものではない。 本戦に行く子達はダンスの先生もついている。 紫揺はダンスなんてものは出来無い。 男子器械体操部の姿を見て、そして本を買ってタンブリングを練習していただけのものだ。 それに、弱小器械体操部には跳馬も無ければ、段違い平行棒もない。 そんなものは触ったことも無かった。 予選では段違い平行棒という種目は無かったし、跳馬ではなく跳び箱であった。 が、本戦ではそれが必要となっていた。

紫揺はそれに悔しさを持ちはしなかった。 あくまでも楽しく跳べればそれでよかった。 宙を舞うのが気持ちよかった。 時が止まったような、鳥になったような、スローモーションで動くその瞬間が好きだった。 だが、幼い頃より厳しい練習に耐えてきた子達は違っていた。 紫揺の為に予選落ちをした者が居る。 落ちた仲間が居る。 試合会場で嫌がらせを食うことがあったが、紫揺は単に 「心の狭い人間」 と一蹴していた。

その紫揺が高校から引抜を受けた。

「紫揺ちゃん、引き抜きを受けなくていいのよ」

母親はそう言うが、紫揺にしてみれば引き抜きで高校へ行けば、通学費はかかるが授業料がタダになる。 定期には学生割引がある。 通学費を出しても、地元の公立高校に行くより安くつく。 母親が働かずに済むかもしれないと思った。 だがそれを口に出すことはない。

「お母さん、器械体操をしたいの。 だからその高校へ行く」 嘘ではなかった。 もっと高く跳びたいという気持ちがあったから。

小中学校と一緒に過ごした友達と別れ、誰も知った友達が居ない高校へ行くことを決意した。

高校に入学すると紫揺は初めて握る段違い平行棒のバーを握った。 初めて跳ぶ跳馬に向かって走った。
まさかそれがこれから迎える練習になるとは知らず。


3年の校舎に科学の移動教室があった。

椅子に座りながら開けられた教室の廊下の窓枠に肘をつき、その手に頬をつきながら何かを見ている3年男子がいた。 ちなみにこの3年男子は柔道部員であったが、その姿からは柔道をしているようには見えない。 何と言っても軟弱柔道部なのだから。

「おい、邑岬 (むらさき) なに見てんだ?」 島田が邑岬の視線の先を見た。

「え? ああ、なんでもない」 急に話しかけられ、慌てて窓から体を外す。

「何でもなくないだろ?」

島田の視線の先、先ほどの邑岬の視線の先では1年女子がまるでパンダの子供たちが押しくらまんじゅうでもしているかのように、遊び絡んで玉になって互いにまとわりつきながら歩いている。 その中に紫揺もいた。

「何でもないって言ってんだろ」

「ああ、サイ組か。 あの子はやめときな」 やっと島田が視線を外した。

サイ組というのは正しくは 『彩組』 と書く。 『いろどり組』 ではない。 『さい組』 と読む。 1年彩組。 『さい組』 というのを、揶揄するかのように言葉は一緒であっても心では動物のサイを思い浮かべて 『サイ組』 と呼ぶ者たちがいる。

「どういう意味だよ」 窓際にある自分の席の机の前に椅子を動かし、その椅子に再び座る。

「山並がコクったけど、アッサリ振られたってさ」 邑岬の机の前にある椅子を引くと背もたれに腕を置いて座る。

「え?」

「今はクラブだけをしてたいって言われたらしい」

「へぇー、山並ってあの子のこと好きだったんだ」

「へぇー、山並みが誰にコクったか言ってないのに、あの中の誰かって分かるんだな」 両肘を邑岬の机につくと指を組みその上に顎を置いてニヤけた顔を向ける。

「うっさいんだよ」 組まれたその手が邪魔だといわんばかりに、鞄から次の授業の教科書を出すと机の上に置いた。


「山並だけじゃないぜ」 手をどけると椅子の背もたれに腕を置く。

「へっ?」

「他の学校のヤツ。 本当なら違う路線なのに、わざわざあの子と同じ路線にかえて遠回りして学校に通ってたらしいんだ。 それで同じ車両に乗って何気に顔を覚えてもらってからラブレターを渡したらしい」

「ラ・・・ラブレター!? この時代にー!?」

「そいつと同じ中学だった女子がこの学校に居るらしい。 で、あの子がスマホを持ってないのを教えたからじゃないのかな」

「え? あの子スマホ持ってないの?」

「らしいよ」

「で、そいつはどんな返事をされたの?」

「山並と一緒。 クラブだけをしてたいってことだったらしいけど、体よく断られてんじゃないの? そいつと同じ中学だった女子が陰に連れて行って、あの子にそいつと付き合ってやりな、ってかなり突っかかったらしいけど、あの子、一貫してクラブをしたい、男子と付き合ってる暇なんてない、って突っぱねたらしいよ」

「陰に連れて行くって、どうよ」

「体育館の裏じゃないだけマシじゃね? って、体育館の裏っつったらあの子の顧問の息がかかってるからな、そんなとこに呼び出したら完全反撃食うわな。 それも教師から目を付けられるんだからたまったもんじゃないしな。 あの子の入ってる、器械体操部の顧問って校長の次に先生たちが恐れてるんだしさ」 当たり前のように言う。

「・・・お前」

「なんだよ」

「詳しいな。 ってか、詳しすぎるな」

「はっ!? お前がボォーっとあの子を見てるから無駄だって教えてやってんじゃないか」

「ふーん・・・」 胡乱な目を島田に向ける。

「なんだよ、その目!」


その2年後、紫揺が高校3年生になる頃にはそこそこの成績を残した。 が、高校3年生の夏、国体当日、サブ会場で積み重なってきていた肩がとうとう悲鳴を上げた。 軽い亜脱臼を持ってはいたが、毎回自分で肩を定位置に戻して何とかやり過ごしていた。 だが国体当日には完全に脱臼を起こしてしまった。 顧問がすぐに関節を入れたが、結局、戦線離脱を余儀なくされた。

紫揺の成績は世界大会には出るほどのことはなかったが、国内ではたった3年間の練習でこれほどに成績を伸ばせるか、というほどの結果を残していた。


進路指導室。

「おい藤滝、どこの大学にするんだ? 顧問と話したのか?」 進路指導進教室で進学担当の教師が言う。

「先生、・・・進学しない」 藤滝と呼ばれた女子は、フルネームを藤滝紫揺という。

「はっ!?」

「就職します」

「就職って・・・今更何言ってんだ?  いや、そんな話じゃないだろう。 お前、就職ってどういうことだよ」

「学校からの推薦は要らない。 自力で就職します」

「そんなことを言ってんじゃないだろ。 お前・・・自分が何を言ってるのか分かってるのか?」

「分かってます。 大学からの引き抜きの話があるのも知ってる。 顧問がこのまともに動かない肩になるまでは体大に行かせようとしてたのも知ってる。 この肩になっても今でもそれを思ってるのも知ってる。 でも肩が治っても、もう練習なんてものはしたくない。 それはずっと前から思ってた。 私に練習は合ってないから」 自由に跳びたいだけなのだから。

肩はまだ固定されたままである。

「お前、今までどれだけ練習してきたか自分で分かってるだろう。 それを全部棒に振るのか?」

「棒になんか振りません」

「どういうことだ?」

「スタントマンになる」

「はっ?」

「スタントマンになりたい。 スタントマンの道を歩く」

「ス? ・・・それってなんだ?」

「アクション・・・って言ったらいいのかな。 でも、影。 スタントマンは危険なところの顔を見せない代役って言ったらいいのかな」

「だから、それって・・・なんだ? ・・・え? アクション? あのアクションか? そんな仕事があるのか?」

「最初は事務所か、養成所に行かなくちゃなんないかもしれないけど、それも全部自分でする」 学校に置いてあるパソコンであらかたは調べた。

「お前・・・アクションって。 ・・・たしか高所恐怖症だったよな?」

「え? ・・・なんで知ってるんですか!?」

「そんなことはいい。 高所恐怖症なのにどうするんだ」

「でも段違い平行棒の上バーの上に立って何かをするくらいならOKだし、橋の上も大丈夫。 校舎の3階は・・・キツイかもしれないけど、屋上じゃなかったらOK」

「なにがOKだよ、アクションって言ったら校舎の3階どころかビルの屋上に立って飛び降りるくらいのことをするんだろ?」

「かもしれない」

「かもしれないじゃなくて、絶対するはずだろ。 お前には出来ないだろが。 それに閉所恐怖症、先端恐怖症だったな」

「・・・なんで? 誰にも言ってないのに」

「1年の時、お前色々とやってくれただろ。 あの時で全部バレバレだよ」

「あ・・・」

「あ、じゃないだろ。 アクションなら、閉所に入らなくちゃならないこともあるだろうし、本物じゃないにしてもナイフを向けられる事もあるだろ」

「・・・乗り越えてみせる」

「お前なぁ・・・。 お父さんとお母さんはなんて言ってんだ?」

「紫揺の人生だから紫揺の好きなようにすればいいって」

「はぁー・・・」 進学担当の教師が椅子の背もたれに仰け反り額に手を当てると、一呼吸置いて椅子の背もたれから帰ってきた。

「お前、あの時も言ったけど顧問の先生がお前のことをどう思っているのか考えたのか?」

「考えたけど・・・」

「それなら、肩を完全に治して体大進学だろうが」

「練習がイヤ」

「何を今更言ってんだ、それにそのなんだ? アクションか? そっちに行っても練習があるだろう?」

「その練習は受け入れられる」

「何の違いがあるんだよ」

「ただ、跳びたい。 CとかDとかEとか難度なんてどうでもいい。 指先や足先もどうでもいい。 跳んでひねりたい、壁を駆け上がりたい。 階段を一気に飛び降りたい。 平均台じゃなくて屋根の上を走ったり欄干の上を走りたい。 段違い平行棒じゃなくて木の枝を飛び移りたい。 そっちの方が息ができる」

「・・・先生には意味が分からん」

「分かってもらわなくてもいい」

「なんだよそれ。 あっ、と待てよ。 お前、そのアクションって今お前が言ったことばかりじゃないんだろう?」

「どういうことですか?」

「そうだな・・・格闘とか、車やバイクにも乗ったりするんだろ?」

「分からないけど・・・車やバイクはカースタントがするはずです。 格闘は覚えてやりたいと思ってるほど。 ・・・うん、いいな。 テコンドーとか、空手や少林寺を覚えて10人に囲まれてそれをみんななぎ倒したいな。 お腹にケリを入れたい。 うん、先生それいい。 アクションの方もやってみたい」 

「え? ・・・先生、今すごくヤバイことを言ったのか?」

「そんなことない。 やりたいことが増えた。 うん、とってもやりたいな」

「あ・・・だから」

「それに先生、私がこの3年間ずっと体育が5って知ってますよね。 加えて言えば小学1年から今まで体育で5を落としたことがない。 体操選手はボールが扱えないとか、泳げないとか、走れないって言われてるけど、今までやってきたことは全部できる。 新しいこともやっていく自信はある」

「ああ・・・まぁ、女子サッカー部の顧問がお前をほしがってたのは知ってる。 ボールさばきもいいし、足の速さはサッカー部員よりも早いらしいな。 ああ、それとバドミントンの顧問も言ってたっけかな・・・」

「仙田先生? ・・・あ、そう言えば1年のとき昼休みに仙田先生に誘われてバドミントンをして遊んだっけ」

「体育館仲間だからな。 お前を見てそのとき試したみたいだ。 ああ、それにソフト部の顧問もお前が体育の授業で遠投するのを見て何か言ってたっけ・・・」

「だから、自分で全部するから。 オーディションを受けるかもしれないから就職・・・あ、じゃなくて家事手伝いに変える」

「はっ!?」

「先生、そっちの方、何も知らないでしょ?」

「ま、まぁ、今までそんな学校?・・・養成所に行ったなんて前歴は無いからな」

「だから自分でする」

「お前・・・俺からも顧問に言っておくが、お前ももう少し顧問と話せ」

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