大福 りす の 隠れ家

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みち  ~道~  第179回

2015年02月24日 14時26分36秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第179回




会社では日増しに暇な時間が長くなってきた。

「売上もないから仕入れも無い、入金もない・・・処理することが何もないわ。 暇だなぁ・・・こっそり本でも読みたい気分だわ」 さすがにそれは出来ないね。

仕方なくいつものようにメモを出し落書きを書き出したがいつもの落書きとはちょっと違う。 
正道から渡された本をすぐに読んでいたのだ。 そこに書かれていたことを復習するかのように覚えていることを書き出していたのだ。 

ずっと下を向いて事務所の様子に気がつかなかったのだが 「お早うございます」 と言う社員の声で顔を上げると会長が席に着いていた。

「あ、お早うございます」 慌てて会長の茶を入れに席を立った。 会長の机に茶を置くと

「社長は何処に行きましたか?」

「工場にいらっしゃいます」

「え? 車がなかったけど?」 驚いたように言った。

「今日は車検に出していらっしゃいます」

「そうですか。 ・・・当座の残りはどうなってますか」

「はい、すぐに持ってきます」 他の社員が次々と事務所を出て行く姿を横目に見ながら、机に戻り引き出しの中にあった帳簿を出して会長に渡した。

「どんどん減ってきてますね」

「はい」 

「もうそろそろ何かを考えなくちゃいけませんね。 社長は雇われ社長だから何も考えないだろうし僕が考えなくちゃいけませんからね」

「・・・」 琴音は何の返事もできない。 「はい」 と言うと社長を否定しているように思えたからだ。

「はい、いいですよ」 帳簿を琴音に返し茶を一口飲み

「織倉さんから見て社員はどうですか?」

「皆さん頑張っていらっしゃいますけど、この不況ですから難しいようで・・・」 下手なことを言ってその矛先が社員にいっては困ると言葉を濁した。

「頑張っているといっても無駄な時間を過ごしているだけでしょう。 いったいやる気があるのかどうか」 そう言いながらもう一口茶を飲んだかと思うと席を立ち事務所を出て行った。 

その姿を見送り何事もなく終わったことにホッと胸を撫で下ろした。

暫くすると内線が鳴った。 一階の工場に降りていた社員からで会長はもう居ないかという電話であった。 
琴音が会長はもう帰ったことを告げると社員が次々と事務所に上がってきた。

「早く帰ったんですね。 会長なんて言ってましたか?」

「いえ、特には・・・当座を聞かれた位です」 そこへ社長も事務所に入ってきた。

「織倉さん、会長が来てたらしいですね」

「はい」

「何か言ってました?」

「あ・・・当座を聞かれて帳簿をお見せしました」

「わざわざ織倉さんに聞かなくても、ちゃんと毎月試算表を見ていたらそんなことも把握できてるのにね」 社長には珍しく嫌味のこもった言葉だ。

「あの会長が見るわけないじゃないですか。 ってか、見方も知らないんじゃないですかー?」 さっき琴音に聞いてきた社員が突っ込んで言った。
そう言った社員を横目で見ながら

「他には何か言ってませんでしたか?」 

「えっと・・・そろそろ何かを考えなくちゃって仰っていました」 社長が黙って聞いていると他の社員が

「またそれを言ったんですか! 何年も前からそれ言ってるんですよ。 そのクセ何もしたことないんですよ。 どうせ僕たちの悪口も言ってたんでしょ」

「え・・・・」 琴音が困った顔をすると

「こら! 織倉さんを困らせてどうするんだ。 会長とこっちのサンドイッチで織倉さんが困るじゃないか。 織倉さん悪いねぇ」

「いえ、そんなことありません」

「でも確かに何とかしないといけないなぁ。 一度会長と話をしなくちゃいけないなぁ」

「社長、一発かましたらどうですか?」

「喧嘩してどうするんだよ。 ああ、でも話したくないなぁ・・・」 社長からそんな言葉がでるとは思っていなかった琴音が思わず聞いた。

「え? 社長が会長とお話をしたくないんですか?」

「そりゃ、嫌ですよ。 お金のことになると何を言っても話にならないんですから。 この間のボーナス交渉も大変だったんですよ」

「そうなんですか。 会長って幼い時にご両親が亡くなってご苦労されてるみたいですからどうしてもお金に執着してしまうんでしょうね」 そうなのだ。 毎月会長の判子をもらいに自宅を訪れた時に、幼い頃の苦労話も金銭に対する考え方も聞いていた。

「一円も僕らのために出す気はありませんよ。 社長、こんな状況で僕ら退職金もらえるんですか?」

「お前達のことはちゃんと考えてるよ・・・つもりだよ」

「つもりですかー?!」 事務所は笑いに包まれ、さっきまでの重い空気が一転したが 琴音はパッとしない。



その日マンションに帰った琴音はドアの前に立ち大きく溜息をついてから部屋の鍵を開けた。

部屋に入るとすぐにキッチンのテーブルに鞄を置きエアコンのスイッチを入れ、和室にある座椅子に座り込んだ。

「着替えなきゃ・・・」 そう思いながらも身体はそのまま座っている。

「最近の会社の中、とっても疲れるわ・・・」 そうだね、嫌な念が時々渦巻いているよね。 琴音にはちょっときついかもしれない。

「暑い・・・エアコンがなかなか効いてこないわ」 新しく買い換えたエアコン。 
リモコンを持ち温度を1度下げ風量を強くした。 そして次に座椅子の角度を大きくしてまるで寝転ぶかのようにした。

「どうしたらみんなで嫌なことを考えなくてすむのかしら・・・とってもいい会社なのに、一人ひとりはみんな良い人なのに・・・」 暑い中を自転車をこいで帰ってきた身体が段々とエアコンで冷やされてきた。

「気持ちいい・・・」 そのままウトウトとし始めたとき、誰かが少し離れた横に立っている気配で目が覚めた。 いや、意識が覚めた。

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