今、氷壁を読んでいる。そして半世紀前に感情移入し、激しく感動して読んだ頃を懐かしく思い起こしながら違った視点から読み直している。
今尚新鮮な感動がある。氷壁・・・
前穂東壁ザイル事件がおきたのが昭和30年、井上靖は翌31年朝日新聞に氷壁を連載開始し、32年に単行本を出版している。(新潮社)
山登りに詳しいと思えない彼が係争中のこのセンセーショナルな事件を取材し、短期間に氷壁を書き上げた事実は驚くべきことである。
学生時代山登りが好きでよく山に登った。当然ながら山好きの人間がたどる自然な成り行きで井上靖の氷壁を熟読し、
多くの山登りが好きな若者がそうであったようにヒロイン、八代美那子に、小坂かおるに憧れ、そして恋した。
前穂東壁に登りたい、せめて無雪期の東壁に登らなければならない、という強迫観念に取り付かれた。氷壁の世界に入り込むためにはバリエーションルートを克服しなければならない・・・
岩登りのゲレンデ、三ツ峠通いが始まった。岩壁の登り下りの繰り返し、三つ峠の短いすべてのルートの繰り返し登った、岩場の前にテントを張って頑張った。
山登りはいつも簡単な入門コースの岩登りになった。だが、臆病者は高所を、垂直をどうしても克服することができなかった、トップを登る自分を想像し、いつも手に汗をかいた、いつも岩壁を前にすくんだ。
そして友との計画、トップで登る自分にまったく自信が持てなかった、北岳バットレスを中止し、一月の一般ルートでお茶を濁した。バットレスは岩登りの入門コースであるにもかかわらず・・・
一緒に岩を登っていた友の誘いがなくなった。東壁どころではなかった、私の氷壁の世界は、八代美那子は憧れで終わってしまった。
氷壁は苦い思い出でもある・・・