わたしたちの涙で雪だるまが溶けた(続々々々々々)

 
 ……そしていつかまた大きな災難が国民を襲ったとき、誰も「何でもなかった」とか「放射能では死なないし、病気にもならない」などと言えないように。忘れてはならないのです。こんなことは、もう二度とくりかえされてはならないのです。
(エレーナ・ドロッジャ「チェルノブイリの黄色い砂」)

 私の知り合いが、悲しいことに有名になってしまったミンスクのボロブリャン(腫瘍学研究所があるところ)で実習をしたときのことを話してくれた。
 「病院を駆けまわっている子供たちはまるで宇宙人のようだ。髪はなく、睫毛もなく、顔には眼だけ。ある男の子は骨に皮がついているだけ。体は灰色だった。最初は避けていたが、あとでは慣れてしまった」
 慣れた……。私たち、みんなが慣れてしまったら、この先どうなるのだろう。誰かの怠慢で原発が爆発し、海や川や空気を汚し、人が死んでいくのに慣れてしまうとしたらどうなるのだろうか。
(ビクトリア・ルゴフスカヤ「鏡さん、話しておくれ」)

 人はときに自分を騙したいときがある。生きていくために自分に嘘をつく。だがそうすることは、チェルノブイリを再び生み出す可能性があるということなのだ。
(スベトラーナ・ジャーチェル「チェルノブイリのジレンマ」)

 何のために作文のテーマがこれに選ればれたのか分からない。あなたたち大人は僕たちから何を聞きたいのか。……あなたたちの運命のなかのチェルノブイリ、あなたたちの子供の運命のなかのチェルノブイリノ意味については、あなたたち自身がよく知っているのではないか。……
 僕たちはチェルノブイリノ事故の後、多くのことを考えさせられた。僕個人も、考えざるをえなくなった。善と悪と正義の問題である。……チェルノブイリノ事故の前には、エゴイズム、無関心、無責任が強まっていたし、指導部には指導力が欠如していたし、不道徳な考えもはびこっていた。「上のほうは何でも知っている。われわれはノルマを達成するだけだ」と。チェルノブイリは、その総決算なのである。
 しかし、今日こうしたことはすべてなくなったのだろうか。でなければ、チェルノブイリが再び起こらないという保証はどこにあるのか。……
 チェルノブイリノ影響は今のところ直接僕の運命にはない。僕の健康状態はよい。だが、チェルノブイリの悲劇が5年後の我々の運命、我々の健康にどのような影響を与えるのか、僕の未来の子供たちには影響がなくなっているのかは、誰にも分からない。だから、僕の運命において、チェルノブイリとは時限爆弾なのだ。
(ビクトル・トロポフ「時限爆弾」)

 To be continued...

 画像は、スーティン「祈る男」。
  シャイム・スーティン(Chaim Soutine, 1893-1943, Belarusian)

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