真新しい制服に身を包んだチエちゃんは腕時計を覗き込むと、うれしさに自然と笑みがこぼれました。
その腕時計は、高校入試に合格した翌日、これから毎日通うことになる高校のある町の時計屋さんへ出かけ、お父さんに買ってもらったものでした。
高校生になったら、腕時計を買ってもらえる。
これは、チエちゃんたち世代にとっては、合格のご褒美という暗黙のルールだったと思います。
要するに、小学生になったら、ランドセルと机を買ってもらえるといった類のものです。
初めて訪れた時計屋さんの店員さんは、流行の腕時計をいろいろ取り出して見せてくれました。
当時、まだ電池式はなく、自動巻き式が流行っていました。
そして、その頃、もっとも新しいデザインは、文字盤がカラーもの。
でも、その時計はとっても高くて、チエちゃんはそれが欲しいと口にすることが出来ませんでした。結局、チエちゃんが選んだものは、手頃な値段のシンプルなシルバーの時計です。
それでも、人生初めての腕時計は、高校生になった証。とってもうれしいものでした。
もうひとつ、高校生になったら買ってもらえるのものに万年筆がありました。
これも、腕時計を買った同じ日に買ってもらいました。
本体が白で、キャップの部分はゴールド。ブルーのインクを入れていました。
チエちゃんは、この万年筆で日記を書き始めたのです。
三日坊主にならないよう、とにかく毎日、日記帳を開くと決めました。
「○月○日 今日は特になし」が並んでいたっけ。
今の子供たちにとっての腕時計と万年筆は、何に替わったんだろう?
携帯電話だろうか? いやいや、携帯電話は小学生でも持っている。
ゲーム機かな? パソコンかな?
それとも、物があふれている今では、そんなものは無くなってしまったのかもしれないな・・・