元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「オカンの嫁入り」

2010-09-23 06:54:39 | 映画の感想(あ行)

 しみじみとした家族ドラマの佳篇である。原作は咲乃月音による日本ラブストーリー大賞受賞作とのことだが、内容は男女間の恋愛沙汰ではなく、主に母と娘との関係性を追っている。監督は呉美保で、前作「酒井家のしあわせ」よりも熟達した境地を垣間見せていて頼もしい。

 大阪の下町に暮らす森井陽子と月子の親子。父親はかなり以前に亡くなり、月子は父の顔もよく知らない。ある晩、陽子がは髪を金色に染めた若い男・研二を連れてきて“この人と結婚する”と言い放つ。月子にとっては文字通り寝耳に水で、思わず家を飛び出してしまうが、陽子には言い出せない秘密があり、月子もヘヴィな屈託を抱えている。やがてこの一件がきっかけになり、彼らは親子の関係と周囲の者達との関わり合いを再度見直すことになるのだ。

 月子は、会社勤めをしている時に同僚の男性社員からストーカー被害を受け、それ以来電車にも乗れず引きこもりのような状態である。もちろん本人は“このままではいけない”とは思っているが、なかなか自分の世界から踏み出せない。そこで母が考えたショック療法が、この結婚なのである。

 研二はヤンキーっぽい外見とは裏腹に、思いやりにあふれた好青年だ。元板前でもあり、料理が素晴らしく上手い。ただ、彼もまた心の中に傷を隠している。それが明らかになる中盤の展開は、実に切ない。そして月子は陽子から衝撃の真実を明かされる。結婚の一件は、ただの伊達酔狂ではない。娘への心からのメッセージだったのだ。お涙頂戴になりそうな展開を、ユーモアに転化させてしまう大阪弁の科白回し、そして大阪の街の情緒。直截的にではなく、フワリとオブラートに包んだような丁寧なエピソード配置に感心させられる。

 白無垢姿の母と、それを見つめる娘との描写は美しい。月子が立ち直るきっかけになる古いおまじないの言葉“つるかめ、つるかめ”が印象的。

 母娘を演じる大竹しのぶと宮崎あおいは初顔合わせだが、両人とも大向こうを唸らせるような芝居はしていない代わりに、抑制された感情表現に卓越したものを見せる。特に宮崎は久々の代表作になりそうなパフォーマンスだ。研二役の桐谷健太、母娘を見守る医者役の國村隼、共に好演。そして森井家の大家であり、隣人でもある絵沢萠子の存在感が圧倒的だ。この二軒の家の位置関係が実に効果的で、プライバシーと濃い近所付き合いとを絶妙のブレンドで混ぜ合わせた最良の形を見せてくれる。

 愁嘆場で終わらない結びは、作品の性格を熟知した上での処理で、観賞後の後味も最良だ。谷川創平のカメラと田中拓人の音楽も合わせて、誰にでも奨められるシャシンである。
コメント
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