元・副会長のCinema Days

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「瞳の奥の秘密」

2010-09-08 06:40:08 | 映画の感想(は行)

 (原題:El Secreto De Sus OJos)強い求心力を持つ、実に見応えのある映画だ。第82回米アカデミー賞で外国語映画賞を獲得しているが、内容もそれ相応のハイレベルな仕上がりである。何より監督ファン・ホゼ・カンパネッラの芳醇かつ抑制されたドラマ運びに感嘆してしまう。

 2000年のブエノスアイレス、刑事裁判所を退官したベンハミンは現役時代に担当した事件を題材に小説を書き始める。74年に起こったレイプ殺人事件。政情不安な時期でもあり、警察はまったくアテに出来ない。地道な捜査によってやっと真犯人を挙げたのも束の間、事態は意外な方向に走り出す。

 映画は二つの縦軸を中心に進む。ひとつはベンハミンと彼の年下の上司である女性判事イレーネとの関係。そしてもう一方は、殺された女の亭主で犯人に対して強い復讐心を持つリカルドの行動だ。ベンハミンとイレーネは置かれた立場が違い、互いに思慕の念を抱いてはいても周囲の状況はそれが発展することを許さない。だが、二人には困難を乗り越える前向きな強さがあり、チャンスをいつまでも待ち続けられる時間が与えられている。対してリカルドには未来はない。彼にとっては亡き妻が全てで、鬱屈した感情を持ったまま日々を送るしか与えられた道はないのだ。

 この二つの軸はコインの裏表であり、強い恋愛感情が存在していることは共通しているものの、ちょっとした運命の行き違いより異なる様相を呈している。見逃せないのが、作者は双方を比較はしても決してシニカルな描き方をしていない点だ。愛情表現を映像に結実させるため、静かに対象に肉迫している。この覚悟の程は素晴らしい。

 横軸として挿入されるのは、アルゼンチンの政治状況だ。最初に挙げられた犯人は警察の不当な取り調べによる冤罪だったことは早々に明らかにされるが、真犯人の扱いに対しては不条理極まりない筋書きが用意されている。さらに魔の手はベンハミンら司法当局にまで及び、切迫したサスペンスを生み出す。

 この縦軸と横軸とが絶妙のタイミングでクロスし、ドラマに重層的な奥行きを与える。終盤の展開などは息をもつかせぬ迫力だ。そして幕切れの鮮やかさ。見事と言うしかない。

 ベンハミン役のリカルド・ダリンとイレーネに扮したソレダ・ビジャミルの演技は素晴らしく、特に25年という時の流れをメイクアップだけで違和感なく表現しているのには舌を巻いた。パブロ・ラゴやハビエル・ゴディノ、ホセ・ルイス・ジョイアといった他のキャストも、日本では馴染みがないが皆的確な仕事をこなしている。音楽と撮影は申し分ない。これは本年度の外国映画の収穫であると断言したい。
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