元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「悪人」

2010-09-25 06:46:43 | 映画の感想(あ行)

 不満点がけっこうある。吉田修一の同名小説の映画化である本作の惹句には“いったい誰が本当の悪人なのか”といったフレーズが踊っているが、そんなのは考えるまでもなく、殺人を犯した者が“悪人”に決まっているではないか。

 では他の者は“悪人”ではないのか・・・・などという突っ込みは、この場合は無意味だ。道徳的に徹頭徹尾“善人”である者なんかいない。誰だって暗い部分を持っている。ただしいくら性根が意地悪であろうと、違法行為をやっていなければ、実際に人を殺した者に比べれば“悪人度”は天と地ほどの違いがある。本作の弱さは、一般ピープルの“悪人度”の高さを描く事によって、真の悪人(殺人者)を相対化させてしまおうという意図が垣間見えることである。

 確かに、殺人犯の男の周囲の人間達は褒められた連中ではない。彼と逃避行に走る紳士服店の女子店員は、自らの意志の弱さにより地元から一歩も外に出られないまま、やがて中年に差し掛かろうとしている。ひょんなことから出会い系サイトで知り合った男にのめり込むが、それまでの自身の不甲斐なさを捨て去ったことにして、自己満足に浸っているだけだ。

 殺される若い女も実に性悪で、他人を見下すことでしかアイデンティティを保てない。彼女の父親は実直で他人に説教したりもするが、娘をロクデナシに育ててしまった“責任”はどこかに置いてきている。事件に関与している男子大学生はとことん愚かだし、殺人犯の祖母も孫の躾さえ出来ず、挙げ句の果ては悪徳商法の片棒を担ぐ始末。

 しかし、これら周囲の人間の描写に比べて肝心の犯人のプロフィールは意外なほど杜撰だ。ただ貧乏で鬱屈した日々を送っていたという、お座なりの解説しか付与されていない。まずはコイツの心の闇を徹底して描くべきではなかったのか。あるいは、そんなに周りの者を重点的に追いたいのならば、犯人は完全に突き放して扱うぐらいの割り切り方が妥当かと思われる。作劇面で煮え切らない展開しか見せていないから、ラストのヒロインの独白も宙に浮いたものになってしまったのだ。

 本作でモントリオール世界映画祭の主演女優賞を獲得した深津絵里だが、正直言ってさほどの好演とは思えない。まあ“普通の演技”だ。髪を金色に染めて役に臨んだ妻夫木聡も“彼にしては目先の変わったパフォーマンスだな”ぐらいの印象しか受けない。岡田将生や樹木希林、柄本明などは良くやっているけど仕事自体は想定の範囲内だ。唯一印象的だったのが殺される女を演じた満島ひかり。可愛らしさの中に潜む邪悪さを、本当に上手く表現している。あの童顔を時として醜く見せてしまうあたり、相当なクセ者だ。

 李相日の演出は丁寧で、舞台になった北部九州の雰囲気を良く出している。方言の扱いもあまり違和感がない。笠松則通のカメラや久石譲の音楽も万全だ。その意味では観る価値はあるとは思うが、諸手を挙げての評価は差し控えたい。
コメント
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