元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで」

2009-02-10 06:34:00 | 映画の感想(ら行)

 (原題:Revolutionary Road)早い話が“夫婦喧嘩は犬も食わない”ということなのだ。誰だって結婚するまでは互いに相手への希望とか意見とかを持っている。しかしいざ一緒になってみると、そう簡単に自分の主張は通らない。少し前まで他人だった二人が一つ屋根の下に住むのだから、葛藤は生じて当然なのだ。そして妥協点を見出して何とか上手くやっていく。夫婦なんて、そんなものである。

 ただし、この映画の主人公達のようにエゴイズムに似たプライドを捨てきらない場合は、悲劇に繋がる。50年代のコネチカット。新興住宅地に暮らすフランク(レオナルド・ディカプリオ)とエイプリル(ケイト・ウィンスレット)は、二人の子供がいる一見幸福そうな若夫婦だ。しかし、彼らは独身時代の拘りを捨てきれない。

 夫は父親に反発していたが結局父と同じ会社に入ってしまい“こんなハズじゃなかった”という悔恨の念が内心くすぶっている。妻はもともと女優志望で、ひょんなことで結婚してしまったけれど自分はこのまま終わってしまう人間ではないと固く信じている。だが、そう思っているのは当人達だけで、端から見れば平凡な勤め人と平凡な主婦でしかないのだ。通常、結婚後も見果てぬ夢を追っているのはダンナの方が多いのだが、本作では主にカミさんである点が興味深い。

 彼女は退屈な日常を打破するため、何とすべてを捨ててパリに移り住むことを提案する。フランクは戦時中に欧州戦線に配属され、パリにも滞在したことがあり、全く縁のない場所でもない。一度はその気になる彼だが、職場で開き直って書いた業務提案書が上司に認められ栄転を打診される。そうなると仕事に専念せざるを得ないのが男というものだ。たちまち巻き起こる妻との諍い。やがて暗転。

 監督のサム・メンデスは出世作「アメリカン・ビューティー」でも取り上げた“人生の皮肉”というテーマを、今回はケレン味を極力廃して高レベルの普遍性を伴って観客に問いかける。現実を見ようとしない妻が悪いのか、そんな彼女を自らも屈託を抱えたまま最後まで御しきれなかった夫に非があるのか・・・・。いや違う。二人は真摯すぎたのだ。明け透けな“真実”から目をそらして功利主義的な“欺瞞”を粉飾することこそが、人生の秘訣である・・・・場合も有り得るという、悟りの境地に達しなかっただけだ。

 主演二人の演技は素晴らしい。エキセントリックな役をさせれば並ぶ者無しのウィンスレットは余裕のパフォーマンスだが、それを受けるディカプリオの小市民的若ダンナぶりが絶品だ。一時のスランプを乗り越えて、彼は本当に良い役者になった。ロジャー・ディーキンズのカメラによる痺れるほどに美しい映像と、トーマス・ニューマンの見事な音楽。そしてセンス抜群の衣装デザイン。聞きやすい台詞まわしひとつにも細心の注意が払われた、米国の秀作だ。
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