(原題:Borat: Cultural Learnings of America for Make Benefit Glorious Nation of Kazakhstan)潔いほどの悪ふざけの連射に呆れつつも感心してしまう映画だ。大臣の特命を受けてカザフスタンからやってきたテレビリポーターのボラットが、頓珍漢な“文化交流”に邁進するという設定だが、全編これ人種差別ネタを中心とした小汚いギャグの釣瓶打ち。
そもそも冒頭の“ここカザフスタンではユダヤ追い祭がありマース”という触れ込みをはじめ、ユダヤ人をさんざんバカにするモチーフが満載なのにもかかわらず、主人公役のサシャ・バロン・コーエンはれっきとしたユダヤ人だというのが実に臭い(笑)。いわば自虐ネタのヴァリエーションのひとつなのだが、逆に捉えればそれを言い訳にしてどんな過激なお笑いも“許してちょんまげ”(呆笑)てな感じで慇懃無礼に開き直ろうとしている魂胆が本当に厚かましくてアッパレである(激爆)。
ギャグ自体は下品極まりなく、下ネタのオンパレードといった感じだが(それでもかなり笑えるけど ^^;)、中にはお高くとまったセレブ連中やマスコミ人種、そしてフェミニズムおばさんなどの鼻持ちならない奴らを徹底的にコケにする部分もあったりして、少しは世相風刺的なテイストも出そうと腐心しているのは御愛嬌か。
それにしても、たぶんカザフスタンの人々が観たら激怒しそうな映画をいけしゃあしゃあと作れるアメリカって国の“言論の自由”度には恐れ入る。たぶん多くのアメリカ人にとってカザフなんてのは世界のどこにあるかも分からん野蛮国である・・・・ということを抜きにしても、この厚顔無恥さ加減(注:ホメているのである)には感服するしかない。たとえば日本で韓国や中国をバカにしまくる映画なんか絶対撮れないことと比べれば、いかに品のない映画とはいえ、本作の製作スタンスはある意味“健全”であることを思わずにはいられない。