元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「リリイ・シュシュのすべて」

2007-06-10 22:22:53 | 映画の感想(ら行)

 2001年製作。岩井俊二作品はテーマやアプローチによりはっきりと二つの系統に分けられるが、出来がいいのは「Love Letter」や「四月物語」などのハートウォーミング路線の作品であり、出来が悪いのは「PICNIC」や「スワロウテイル」などの知的スノッブ風自己満足路線である(もちろん、私と正反対の見解を持つ人も少なくないことは認識している)。この作品はどうかというと、技巧と作品の雰囲気を見る限り後者の系統に属するが、主題と方法論は従来の岩井作品にはなかったものだ。しかもセンセーショナリズムに満ちたインパクトは昨今の日本映画の中では図抜けて高く、今までのハートウォーミング路線の作品とはまったく違う感銘を観る者に与えてくれる野心作である。

 栃木県の田舎町を舞台に、カリスマ的な人気を誇る女性歌手リリイ・シュシュに心酔する男子中学生の主人公と、そのクラスメートたちの日常を追うことにより思春期の危うさを描き出すこの作品の中で何より瞠目させられるのは、とてつもなくリアルな素材の切り取り方である。大人たちの目を隠れて展開される中学生たちの窃盗や傷害、イジメや援助交際などのマイナス的モチーフが、凡百の学園ドラマにおける“単なる記号”とは違う格段の切迫性を持って観客に突きつけられる。その実体感たるや現実以上に現実的、まさにシュールなほどリアルだ(深作欣二の「バトル・ロワイアル」など、すでに忘却の彼方 ^^;)。

 たとえば、優等生だった主人公の友人は、夏休み中の旅行で水難事故に遭遇してから人が変わったように生活が荒れ出し、二学期には札付きのワルになっている。もちろん、後から家庭環境や父親の事業の失敗といったありがちな理由が示されるのだが、そんな背景がなくとも模範生から不良への変貌が即物的な説得力を持ってしまうのは、心の揺れを身体で制御できないというこの世代特有の生理をあざといまでにヴィヴィッドに描いているからに他ならない。理不尽な暴力と意味不明の苦悩に苛まれながらも、彼等は終わりなき日常に呑み込まれてゆくしかない。

 通常、そんな彼等を「成長」へと導くはずの大人達は、この映画では実に影が薄い。担任の女教師は少女のように頼りないし、主人公の母親の再婚相手は子供に甘いだけ。みんなガキにおもねているか、自分のことにしか関心がない。しかも作者はこれを“大人は判ってくれない”とばかりに陳腐で青臭い対立的図式には持っていかない。この世代にとって、大人はクソでしかないことを最初から見切っている。同じく、その存在感で子供を圧倒し征服欲に駆り立てるはずの「大自然」でさえもここでは無力だ。主人公たちが訪れる沖縄の自然は、美しいけれどしょせんは鬱陶しいものでしかない。“大きな物とぶつかって成長する”という決まり文句は、この世界ではもはや“お題目”に過ぎないことを諦観しているかのようだ。

 さらに悪いことに、一昔前までは嫌々ながらでも「他者」と対峙しなければならない状況に追いやられていた彼等は、ネット上のヴァーチャル空間という、絶好の逃げ込み場所を得るに至っている。映画は、リリイ・シュシュのファンサイトの掲示板に展開される参加者のやり取りを引用しつつ進んでゆくが、同じくネット上の会話を大きくドラマに取り入れた森田芳光監督の「(ハル)」とはまったく違い、会話の内容が空疎かつ無意味、そして自己陶酔的に過剰である。

 岩井監督の冷静なところは、これを“殺伐とした日々を送る彼等でも、ネット上ではこんなに感性豊かに自己表現をしている”といった似非リベラル的な理想論にしていないこと。オンラインだろうがオフラインだろうが、不完全な自我は迷走するしかないのだ。ラスト近くでの、行き詰まった主人公達がネット上で憑かれたように言葉を吐き連ねる様子は虚しく寒々しい。それが何の解決にもならないことに薄々気付いていながらも、そうするしかない“出口なし”の状態に落ち込むだけの彼等を無力な我々は見つめるしかないのだ。

 この映画は好き嫌いがハッキリ分かれる。明るく楽しい十代を送った者は絶対受け付けないだろうし、題材自体に興味のない者もいるだろう。そして、数多く見られる作劇上の欠点(決して短くはない上映時間や尻切れトンボの結末)に我慢できない映画ファンも少なくないはずで、特にデジカムを使った沖縄ロケは画面が汚いし不必要に長く、編集の不徹底さを私も指摘したいところである。

 しかし、それらを勘案しつつも、この映画の存在感は屹立していると言いたい。少しでも鬱屈した青春時代を送った者にとって(私も、今までの人生で一番暗かったのが中学生時代だった)この映画の切り口は、まるで昔の傷跡がパックリと口を開けたような、飛び越えたはずの地面の亀裂に再び足を取られたような痛みをもって迫ってくる。ただしそれは不快感ではなく、観る者に心の深遠に改めて向き合うことを要求するようなポジティヴさを伴っている。

 映像(デジカム場面を除く)と音楽は素晴らしいのひとこと。夢のように美しい田園地帯と繰り広げられるドラマの残酷さとが絶妙のコントラストだ。特に抜けるような青い空を滑るようにして舞う競技用カイトと、それに続く惨劇を並列して描くシークエンスには泣きたくなった。校内の合唱大会で複雑かつ絶妙なアレンジで歌われる「翼をください」にも泣きたくなる。岩井監督の絵と音に対するセンスは世界有数だと思う。

 柳町光男の「十九歳の地図」や相米慎二の「台風クラブ」などに匹敵する異形の秀作だ。やっぱり岩井監督はその仕事ぶりをしっかり追う価値のある作家だと思う。
コメント
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