気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

歌集 眠らない島 岩尾淳子 

2012-05-19 22:59:28 | つれづれ
あたたかいコンクリートに自転車を寄せておく海のねむりのそばに

片方の靴下ばかりため込んで家族の春はゆつくりすすむ

ひばりありがとうほととぎすありがとう手をふりながら年老いてゆく

ひんやりと水風船につめられているあかるさをあなたに渡す

ゆでたまごの殻がきれいにむけた朝 あたらしいかなしみはしずかだ

ふりかえるあなたの頬を海風がさらってしまう 青さのほうへ

冷えている眼鏡にうつっている朝の小さな空をからだに嵌める

大判の鳥類図鑑を見ておりぬ飛べない鳥はうしろのほうに

パラソルを閉じようとしてうっかりと真夏の空の芯を引き抜く

伸びてゆく日脚にとどく潮騒をほそくひらいて自転車をこぐ

鳥たちがようやく騒ぎ始めてもあなたはいつも眠らない島

(岩尾淳子 眠らない島 ながらみ書房)

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未来短歌会と眩所属の岩尾淳子さんの第一歌集『眠らない島』を読む。
いつから岩尾さんと知り合いになったのか、はっきりと思い出せないのだが、歌のうまい人という印象はいつもあった。今回はじめてまとめて歌を読み、あまり「自分」を出さない上品な作風だと思った。自転車、鳥、海、海の見える道などを詠いながら、芯にほのぼのした幸福感がある。家族に恵まれた方なのだろう。歌からは作者の職業も年齢も家族構成もわからないように作ってあるのが巧みだ。ときおり「年老いていく」というような表現があるのだが、実際は私よりいくつかお若い。読み返すたびに発見のある手触りのあたたかい歌集である。


陽気なかたりべ 千明武紀歌集 

2012-05-19 00:40:40 | つれづれ
ふと義父に相談せむと見回せり義父の葬儀の進むさなかを

母も吾も黙したる時りろりろと水道の水を妻は流せり

年賀状の宛名書くごと浮かび来る知人の顔の多くは笑顔

「東京の電車は不気味 それはねえ 満員の人が誰も喋らない」

森の話を身を乗り出だし聴く児らにわれは陽気なかたりべとなる

ふるさとの空き家となりし母の家の番地をわれは1710(いないわ)と読む

伐りし樹が倒れなだりと鳴らすたび内なる吾の杣人さわぐ

雑煮餅箸にちぎりて老い母の口に寄せつつわが口もあく

母のゆまりわが手を濡らす ああ吾はいくたび母の手を濡らしけむ

母のほね還す古里さくら、もも、れんげう、こぶし、うめみんな咲く

(千明武紀 陽気なかたりべ 柊書房)

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奥村メール歌会でご一緒しているコスモス短歌会の千明(ちぎら)武紀氏の第一歌集『陽気なかたりべ』を読む。
ご夫婦で協力してお母様の介護をして見送られた歌が中心となっている。三首目の年賀状の歌から、作者の善良さがよくわかる。
また、里山保全のボランティア活動をされていて、集題は森の様子を子供たちに語るときの歌から取られている。
私は早くに両親をなくしているので、介護を経験していない。義母が亡くなる前にホスピスに入ったときは、すこしだけお見舞いをした程度。いろいろな人生があり、大変さがあるのだと、他人様の歌集を読んで知る。
素朴な作者の人柄がそのまま表れた歌集だと思った。