代表作『イノベーションのジレンマ』で著名な筆者は、職場のハーバードビジネススクール(HBS)の講義では、「幸せで充実した人生の送り方」について学生と議論するという。本書はその講義の内容を書籍化したもの。
彼自身が出席する卒業後5年ごとに開催されるHBSの同窓会において、卒業して10年も経つと、満たされない生活、家庭の崩壊、仕事上の葛藤、そして犯罪行為に苦しんでいた同級生が少なからずいるという。そんな状況から、本書では1)どうすれば幸せで成功するキャリアを歩めるだろうか、2)どうすれば伴侶や家族、親族、親しい友人たちとの関係を、ゆるぎない幸せの拠り所にできるだろうか、3)どうすれば誠実な人生を送り、罪人にならずにいられるだろうか、について経営理論を個人の人生にも援用しつつ説く。
読む人により腹に落ちるところは様々と思うが、個人的に強く刺さったのは、以下の点。3月で終了したTVドラマ「不適切にもほどがある」の主人公役(阿部サダヲ)の名言「あなたのやってほしいことが僕ができること」にも通じるものがある。まあ、今更、こんなことを「その通り!」と納得しているようでは、自分の未熟さが露呈しているに過ぎないのだが。
「愛する人に幸せになってほしいと思うのは、自然な気持ちだ。難しいのは、自分がその中で担うべき役割を理解することだ。自分の1番大切な人たちが何を大切に思っているのかを理解するには、彼らとの関係を、片付けるべき用事の観点から捉えるのが1番だ。そうすれば、心からの共感を養うことができる。『伴侶が私に1番求めているのは、どんな用事を片付けることだろう?』と自問することで、適切な視点を持って、物事を考えられるようになる。関係をこの観点から捉えれば、ただ漠然と自分のなすべきことを憶測するより、ずっと明確な答えが得られるはずだ。
ただし伴侶があなたに片付けてほしいと思っている用事を理解するだけではダメだ。その用事を実際に片付ける必要がある。時間と労力を費やし、自分の優先事項や望みを喜んで我慢し、相手を幸せにするために必要なことに集中するのだ。」(pp..106⁻107)
筆者の著作『ジョブ理論』を個人の人間関係に応用した教訓だろう。マーケティング理論と人間間の愛情を同列で扱うのも、短絡的すぎる気がしないまでもないが、この通りだと思う。
これ以外にも、私自身が参考になったいくつのアドバイスを抜粋しておく。
「友人や家族との関係への投資は、成果の兆しが上がる、見え始める、遥か以前から行わなくてはいけない・・・時間と労力の投資を、必要性に気づくまで後回しにしていたら、おそらくもう手遅れだろう。大切な人との関係に実りをもたらすには、それが必要になるずっと前から投資するしか方法は無いのだ。(家族や大切な人は注目を浴びるために声高に主張することはない。気が付かなくてはいけない)」(106ページ)
「人生において重要な道徳的判断を迫られるときは、警告標識は現れない。私たちは大きなリスクが伴うようには思えない、小さな決定を日々迫られる。だが、こうした決定が、やがて驚くほど大きな問題に発展することがあるのだ。」(202ページ)
「生の目的をはっきりすることが欠かせない。目的がなければ、自分にとって大切な物事をどうやって優先できるのだろう。・・・じっくり時間をかけて、人生の目的について考えれば、後で振り返った時、それが人生で発見した。1番大切なことだと必ず思うはずだ。・・・あなたが人生を評価する物差しは何だろうか。」(231ページ)
変なテクニック論やお説教とは異なる真正面からの真摯なアドバイスから、何らかの人生のヒントを得ることが出来ると思う。
(目次)
序講 01
第1講 羽があるからと言って
第1部 幸せなキャリアを歩む
第2講 わたしたちを動かすもの
第3講 計算と幸運のバランス
第4講 口で言っているだけでは戦略にならない
第2部 幸せな関係を築く
第5講 時を刻み続ける時計
第6講 そのミルクシェイクは何のために雇ったのか?
第7講 子どもたちをテセウスの船に乗せる
第8講 経験の学校
第9講 家庭内の見えざる手
第3部 罪人にならない
第10講 この一度だけ
終講
謝辞
訳者あとがき